電子書籍あり 図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか? どうしても名前を知りたい! 進め!同定の道 生物 ★★★★★★★ 入門 初級 中級 上級 書籍を購入する 他のネット書店で購入する 著者名 須黒達巳 ISBN 978-4-86064-676-9 ページ数 184ページ 判型 A5判 並製 価格 定価2,200円(本体2,000円+税10%) 発売日 2021年12月14日発売 立ち読み PDFファイル(3MB) 目次 PDFファイル(817KB) この書籍に関するお問い合わせはこちら 内容紹介 生きものの種を確定させることを「同定」といいます。「同定なんて図鑑をパラパラめくって同じのを探せばいいんでしょ」と思う人もいるかもしれませんが、そんな簡単なことではありません。「似ているのが多くて同定に自信がもてない」「どうしてパッと見で同定ができないんだろう……」。生きものが好きな人のなかにもこのように思っている方はたくさんいます。 「なぜうまく同定できないのか」「どういうプロセスで同定ができるようになるのか」を真剣に考えたのが本書です。勤務先の敷地内で昆虫とクモ800種以上を同定してきた、同定大好きな著者がお届けする、図鑑と同定のことをトコトン掘り下げた一冊。… もっと見る 著者コメント (「まえがき」より) 私は生き物が好きで、それにどっぷり浸かった人生を送っていますが、「生き物好き」にもいろいろなタイプがあります。造形が好き、動きが好き、食べるのが好き、捕まえるのが好き、生き様を知るのが好き、作品にするのが好き、などなど。個人の性格や認知特性、生き物以外の嗜好などによってさまざまだと思いますが、私はどうかというと、「ロックオン」した生き物に対してまず一番に思うことは「名前を知りたくて仕方がない」なのです。これはもう、ある種病的なほどに「とにかくこいつの名前を知りたい」という衝動が湧いてきます。まさに「君の名は。」です。 さて、自分の目の前にある自然物(に限りませんが)の身元を調べて名前を確定させる作業を「同定」といいます。得意不得意は置いておいて、私はこの同定という行為がとても好きです。しかし、この同定という営みに対して、ハードルの高さや苦手意識を感じている人は、生き物の愛好家や研究者であっても少なくないように感じます。 この本は、「同定ってどうも苦手なんだよな」と思っている方や、誰かに同定を教えるときに苦労した経験のある方を主な読者と想定して、「私たちはどうやって同定ができるようになっていくんだろう」「同定をするとき、頭の中では何をしているんだろう」という問いについて、どうにかして自分の考えを言語化しようと試みて書いたものです。 この本が、みなさんの貴重な時間を割いてまで読んでみる価値があるのかを手っ取り早く知りたい方は、まず第 2 章を読んでご検討ください。 名を知らぬものは、視界に入っても「景色の一部」として処理されます。あるいは、注目しても、どんな特徴を持った存在なのかといった情報を、どうにも頭の中で付加しにくいように思います。すべての人がそうだというわけではないと思いますが、少なくとも私には「名前によって事物の認識が促される」という感覚があり、自然観察会の講師をしたり、日頃小学校の理科教員として授業をしたりしていると、これは私に固有の感覚ではないと、確信に近い手ごたえを感じられます。 自身の例を挙げてみましょう。私は専門の研究対象が「ハエトリグモ」というクモなので、これに関してはそれなりに野外でもわかるわけですが、つい 2 年ほど前から植物の同定に挑戦し始めました。 春先など、まだ枯葉だらけの茶色い林床で目につく花といえば、スミレの仲間があります。スミレにもたくさんの種があることを知り、その目で野山を歩いてみると、「タチツボスミレが多いけれど、ここにはアカネスミレが、あそこにはヒナスミレが、あっちにはナガバノスミレサイシン……」と、文字通り「新しい世界」が開けました。 もちろん、これまでの人生で一度も春先の野山を歩いたことがないわけではありません。名前を知らない頃には単に「スミレ」としてぼんやりとしか処理されていなかったものが、ひとつひとつはっきりと、アイデンティティを持って目に映り始めたのです。 このような感覚が、『趣味からはじめる昆虫学』(熊澤辰徳、2016)という本の中で、「知の解像度が上がる」あるいは「世界の解像度が上がる」という言葉で表されています。とても納得できる表現で、こうした言葉が、自分の中で起きている複雑な精神活動を理解する助けになる、というあたりは、「名前の持つ力」と似ています。世界のほうは何ひとつ変わらずとも、「自分にとっての世界」は、個々の存在の名前を知ること、すなわち同定によって、驚くほど豊かで美しいものへと一変するのです。 同定にあたっては、たいてい「図鑑」を参照します。この本を読んでくださっているみなさんはきっと、自然への関心があり、図鑑を使って虫や鳥、植物などを調べたことがあるでしょう。しかし、私にも覚えがあるように、図鑑を使ってはみたものの、結局うまく調べられなかった経験はないでしょうか。そんなことばかり、という人もいるかもしれません。しかし、それには原因があるはずです。図鑑への向き合い方をちょっと工夫することで、その状況を変えられるかもしれないと思うのです。一方、図鑑を書くような立場の方々は、そんな「初めの頃の感覚」を失ってしまっていることが多く、必ずしも読者が使いやすい図鑑をつくれているとは限りません。 こうした「すれ違い」の原因のひとつを、私は次のように考えました。同定は職人芸的な面が多分にあり、求められる技術やできるようになる過程を言語化するのが非常に面倒、というか困難です。すると、「どのように同定できるようになったのか、自分でもよくわからない」という状況が生まれます。また、同定それ自体も、いったい自分は何を見て見分けているのか、他者にうまく説明できないことがままあります。それを無理くり言葉にしようとした結果、「ピンとこない説明」になっている図鑑も少なくありません。 同定って、どのようにやってのけているのでしょう? 図鑑を使う側の方も、つくる側の方も、いま一度一緒に考えてみませんか。そんな思いで執筆したのが本書です。「よいか、同定とはこのように行なうのじゃ」などと「教えを説く」つもりはありません。私自身のレベルの問題もありますが、物事の上達には「それに関する自分自身の考えを深める」ことが必要だと考えるからです。「私はこんなことを考えていますが、みなさんはどう思いますか?」と、考えるきっかけをお示しするのが本書の目的です。 本文中では、あえて回り道をたくさんしますが、読みながら、ご自身が生き物を見ているときにはどんなことを認識しているのか、思いを巡らせてもらえればと思います。そして読んだ後、みなさんの中に「同定の哲学」が芽生え、図鑑の見方や使い方、生き物への目線が変わったり、少し使ってみたきり本棚で眠らせていた図鑑を再び使えるようになったりしたら、著者冥利に尽きる思いです。そして、図鑑をつくる側の方にとっても、使いやすい図鑑を考えるヒントになれば、これは望外の喜びです。 図鑑を通じた「同定」という行為によって、ほんの1種でも多く生き物がわかるようになれば、些細なことかもしれませんが、確実に昨日の自分よりもはっきりと世界を見ることができるようになります。ぜひ多くの方に、同定ライフを楽しんで、世界の解像度が上がる体験をしてもらえればと願っています。… もっと見る 須黒達巳(すぐろ たつみ) 慶應義塾幼稚舎 理科教諭。 1989年生まれ、神奈川県横浜市出身。 筑波大学在学中の2009 年からハエトリグモの研究をはじめ、 修士号を得た後は、日本産のハエトリグモを全種採集することを目指しフリーターになるほど全身全霊を捧げる。 論文を執筆し、ハエトリグモの新種や日本新記録種を報告する一方で、 講演会や観察会を通して、生き物や自然の魅力を伝えている。 現職着任後は、学校の構内で採集した昆虫・クモを片っ端から同定し、リスト作成に励んでいる。 著書に『世にも美しい瞳 ハエトリグモ』(ナツメ社)、『ハエトリグモハンドブック』(文一総合出版)がある。※この情報は 2021.12.14 時点のものです。