日本の自然風景ワンダーランド 地形・地質・植生の謎を解く 地学・天文学 地理 ★★★★★★★ 入門 初級 中級 上級 書籍を購入する 他のネット書店で購入する 著者名 小泉武栄 ISBN 978-4-86064-701-8 ページ数 304ページ 判型 A5判 並製 価格 定価2,530円(本体2,300円+税10%) 発売日 2022年08月05日発売 立ち読み PDFファイル(5MB) 目次 PDFファイル(250KB) この書籍に関するお問い合わせはこちら 内容紹介 日本列島の自然は、極めて多彩な景観を作り出しています。山や海岸を歩けば、美しい風景や険しい風景、そして不思議な地形や植物の群生に出会えます。それらはいったいどのようにしてできたのでしょうか? 本書では海岸、山、火山、渓谷、植物、遺跡など6つのカテゴリーに分け、全国53か所の名勝や注目すべき自然を取り上げています。そして地理学者が実際に現地を訪れて目にした地形や植物の不思議な光景について、推理しながらその成り立ちを解き明かしていきます。いわば「ブラタモリ」の地形・地質にさらに植生を加えたより広い分野の“自然観察歩き”です。 オールカラーで写真も満載、自然観察ガイド・観光ガイドとしても楽しめる一冊です。… もっと見る 著者コメント (「はじめに」より) 「センス・オブ・ワンダー」という言葉があります。自然の神秘や不思議さに目を見張る感性、という意味で、具体的にはチョウや甲虫の美しさ、海岸の小さな生き物、雨に濡れた緑の苔、地面に散らばった落葉、雪の結晶、流れ星などといったものに感動したり、驚いたりする感覚、と考えていいでしょう。これは実は、『沈黙の春』の著者、レイチェル・カーソンが書いた本のタイトルで(新潮社から一部の翻訳が出版されています)、こういった感性を持つ人を育てることは、私たち人間が自然に対する畏敬の念を持つ上で、きわめて大切なことだと考えられてきました。 さて突然、私自身の話になって恐縮ですが、私も中学生の頃まで昆虫少年でしたので、チョウやトンボの精密な写生をしたり、分布を調べたり、大きなヤママユガのついたコナラの枝を山からとってきて、自宅の池に刺して育てたりする、などということをやっていました。また小学生の頃は、田んぼの代掻きが始まると、水が溜まるにつれて畦からケラが慌てて飛び出してくるのが面白く、飽きずに見たり、捕まえたりしていました。また毎週のように川に釣りに行き、釣った魚は自宅の池に放して楽しんでいました。ただある日、池の魚が次々に傷だらけになるので、よく見たらナマズが他の魚を刺しているのだということがわかり、慌ててナマズを池から取り出した、などということもありました。陸上の隙間の多い礫の間に棲む大人のハコネサンショウウオを見つけたこともあります(サンショウウオは両生類なので、親は水から離れて生活するのです)。 私は雪国育ちなので、ある猛烈な吹雪のあった次の日のこともよく覚えています。夜が明けたら天気は一転して素晴らしい快晴となり、無風で気温は零下度近くにまで下がりました。この朝は、あらゆる木の枝の先端から、スズメの羽毛のようなフワフワした白い霜の結晶が伸び、驚嘆すべき美を作っていました。こんなに繊細で美しいものはそれ以降、見たことがありません。 その後、高校生の時には苗場山に登って、平らな山頂に池塘(ちとう)がたくさんある風景に驚き、大学生になってからは、日本アルプスや東北の山々に登って、その風景に感動したりしていました。そしてそれが嵩じてとうとう、地形・地質から植物まですべてを含めた山の自然の研究者になってしまいました。したがって、小さい生き物の好きなカーソンとはだいぶずれますが、私もセンス・オブ・ワンダーを維持したまま、大人になったということができそうです。 さて、この本は長年にわたり、地理学者として活動してきた私が、ちょっとした旅行の際などに気がついた「風景の不思議」を取り上げ、その謎解きをしたものです。全国各地のか所を選び、そこの風景がどのような不思議を持ち、それがどのようにしてできたかを私なりのセンスで推理しました。海岸、山、火山、渓谷、植物など6つのカテゴリーに分け、おおよそ北から南へと並べてありますが、どこから読んでいただいてもかまいません。取り上げているのは、おそらく読者の皆さんがほとんど気づかなかった現象だと思います。こんなこともテーマになるのだということをぜひ楽しんでいただきたいと思います。 この本全体のテーマは「頭を使った観光旅行をしよう! そして人生を知的に楽しもう」ということです。山や海岸の地形・地質、火山、滝と渓谷、湧水、河川、森や植物、さらには寺や神社、古い街並み、棚田、土地利用……。こういった風景の中に不思議で面白そうなものを見つけ、それが「なぜ」そうなったのかを考える。まさにセンス・オブ・ワンダーの地理版といえましょう。 最近、私はスプリングクラブ(元・山遊会)の小池忠明さんに誘われ、各地の国分寺や一ノ宮を訪ねています。きっかけは武蔵国分寺を一緒に歩いていて、建物の礎石にチャートという硬い岩を使っていることに気づいたことです。まあ小池さんはもっと前からのようですが。その後、各地の国分寺を訪ね、礎石を見たり、周囲の地形を見たりして、それぞれの違いを探し、かつての国府はなぜここに国分寺を置いたのだろう、などと考えたりしています。また石見の国では、大田市のはずれの辺鄙なところに立派な一ノ宮があり、それが古代に天皇家と並ぶ豪族であった物部氏の神社だったので、物部神社がなぜここに、という疑問が生じてしまいました。また、国分寺はいつどのようにして衰退したのだろう、ということにも興味を持ち、みんなで考えています。本業の歴史学者は多分、そんなことは考えませんから、かえって面白く感じます。 一方、三浦半島のような岩礁海岸では、たとえばフジツボが海岸のどこに付着しているかをよく観察したりしています。分布しているところとそうでないところがありますから、次は、そこは波が強く当たるのか、そうでないのか、岩はざらざらしているのか、つるつるしているのかなどと、フジツボの立場になっていろいろ観察し、考えます。すると、フジツボがなぜそこにあり、なぜそのすぐ隣にはないのか、というような理由がしだいにわかってきます。 こんな観光旅行は楽しく、謎を解くことで知的な満足も得られます。また野外では、時には岩が露出したような海岸や山を歩いたりもしますが、こんなささやかな行動でも、頭が活性化し、普段使わない身体を使いますから、それは健康で長生きすることにつながるのではないかと考えます。 ところで、謎解きの旅行といえば、NHKの『ブラタモリ』を思い起こす人も多いでしょう。坂道や河川、曲がった道路などを手掛かりに、その土地の生い立ちや人の営みなどについて推理し、解説してくれるという人気番組で、見ていて面白いし、勉強にもなります。タモリさんは地形や地質、地理などといった地味な分野に光を当ててくれたので、私は、この分野の一研究者としておおいに感謝しています。 さて、この本で私がやっていることは、いわばブラタモリの地形・地質にさらに植生を加えた、より広い分野の自然観察です。これまで自然観察といえば、ほとんどが植物や鳥、昆虫などの名前を教えてくれて、それでお終いでした。しかし私の自然観察では、植物がなぜそこにあるのかの謎解きを、地形・地質から行いますから、名前を教えてくれるだけの自然観察に比べてはるかに面白いと思います。しかしこんなことをやっている研究者は、私を含め、ごくわずかしかいませんから、残念ながらいつまでたってもマイナーな分野から抜け出せないでいます。この本に紹介されたことがらは、子供の自然教育や大人の社会教育、さらには自然保護にも役に立つはずです。皆さんには、こうした分野の面白さをぜひ周囲の方々に伝えていただければ、と思います。どうかよろしくお願いします。… もっと見る 小泉武栄(こいずみ たけえい) 1948年、長野県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。理学博士。 専門は自然地理学、地生態学。現在、東京学芸大学名誉教授。著書に、 『日本の山ができるまで』(A&F出版)、『地生態学から見た日本の植生』 (文一総合出版)、『山の自然学』(岩波新書)、『日本の山と高山植物』 (平凡社新種)など。※この情報は 2022.08.05 時点のものです。