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少年院で数学を教え続ける髙橋一雄の集大成 〜『九九からはじめる語りかける数学 高卒認定試験完全対応』誕生のストーリー〜

2024 年 6 月 20 日、髙橋一雄(たかはしかずお)著 『九九からはじめる語りかける数学 高卒認定完全対応』がベレ出版から発売されました。既存の『語りかける中学数学』、『語りかける中学数学問題集』、『語りかける高校数学 (数Ⅰ編、数Ⅱ編)』に続く、筆者最後の学参書となるこの 5 作目は、「語りかける 数学シリーズ」の集大成として、学習環境に恵まれていない方、大人の学び直しを考えている方のために書き上げたものです。

縁が縁を繋ぎ、2011年から少年院での活動が始まり、今年で13年余り。講師でも数学教育者でもなく、あえて「数学指導者」と名乗る髙橋さんが、今、心を注ぎ向き合う相手は少年院にいる少年たちです。対話を重ね、触れ合うたびに、彼らは決して勉強を諦めていないことを確信した髙橋さんは、ベレ出版とタッグを組んで、学参書としてもレアな「高卒認定完全対応」の対策本でありながら、大人の学び直しにも最適なテキストをまとめあげました。総ページ数、488ページ! なぜこのような本を世に送り出すことになったのか? なぜ少年院で数学を教え続けるのか? 今まで歩んできた髙橋さんの軌跡にスポットを当てながら深掘りしていきましょう。

髙橋一雄(たかはしかずお)という人

髙橋一雄さんは 1961 年 東京都に生まれます。東京学芸大学自然環境学科専攻 生命科学専修卒業。さらに立教大学大学院修士課程修了。ピンポイントでここだけ見ると高学歴エリートのように思えますが、学芸大への進学は 28 歳。大学院へは還暦に手が届きそうなタイミングでの進学と、とても興味深い経歴の持ち主です。

実は髙橋さん、小さな頃からぜんそくがひどく、小・中学校は半分くらいしか行っていません。当然、授業にはついていけずに、成績はひどいものでした。同級生や学校の先生からは相手にもされず、家庭教師からは「バカ」と言われたこともあり、「自分はバカなのか?」と悩んだ時期もあったと、当時を振り返ります。

なんとか高校へ進学し、理系コースを選択した髙橋さん。しかし、高校 3 年の数学から突然ついていけなくなり、2 学期の模擬試験では偏差値 38 という評価でした。にもかかわらず、この頃から「医学部に行く」という強い意志が芽生えます。その理由は、自分のようにぜんそくで苦しむ子供たちを助けたかったからに他なりません。

志は高く。しかし現実は厳しく。現役での医学部挑戦はあっけなく撃沈。特に数学はまったく歯が立ちませんでした。

「ひとり部屋で数学の問題を解いていると、ある時、参考書のページが濡れているんですよ。気づいたらそれは自分の涙だったんです」

たぶん、あまりの自分の不甲斐なさに自然と涙が出てしまったのかと。そんな経験を重ねながらも、自分に鞭打ち 2 回目の挑戦。しかし医学部の壁は高く、超えることができません。2 浪が決まった時、意味のないプライドなど捨てて、理解できるところまでいったん戻ろうと決意します。

そこで、九九や自然数・小数の四則計算からはじめ、「よしわかった、次!」というように、「わかる」を積み上げていきました。そんな中、分数の計算をしているときに、ふと、「なぜ、たし算とひき算は通分が必要なのに、かけ算では通分しないでよいのか?」という疑問にぶつかります。「なぜ?」と出会ったとき、そこから髙橋さんの本当の意味での「再学習」がはじまったのです。

髙橋さんは常に「分かる・わかるを積み重ねる」大切さを伝えていますが、それはご自身の実体験がベースになっています。そして、その経験が今の髙橋さんの「暗記ではなく、数学の本質を教える数学」の核となり、今回の本の内容に繋がっているのです。

本質を理解しながらの学習により、次第に結果が出はじめ、理系数学と向き合えるようになった髙橋さん。ところが、医学部合格も目前となった頃、お父さんが病に倒れ、悩んだ末に医学部進学を断念します。

しかし、どんな時でも次なる扉は開くもの。研究者になろうと東京学芸大学の生命科学専修に進学しますが、研究の世界は合わないと、卒業後は数学指導者への道を選択します。塾やカルチャースクールの講師、不登校を対象にした通信制高校の教師への研修、さらには予備校の人気講師だったこともありました。

少年院に限らず授業の最初に必ず話すことが、「『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と言われるように、遠慮なく何でも聞いてください。わかるまでお話ししますから」。

また、「間違えることも、決して恥ずかしいことではない」と、髙橋さんは言います。むしろ間違えることで、自分がどこでつまずいたかがよくわかる。だから、髙橋さんは数学の指導者になってから、常に口癖のように「自信をもって間違える!」と言い続けているのです。

パズルのピースが合うように少年院での数学指導がはじまる

これまで10 年以上、岩手、宮城、群馬、新潟、福岡、沖縄の 6 か所で数学の指導を行なってきた髙橋さん。活動は今も継続中ですが、その脈動は 2011年から始まりました。

赤城少年院(群馬県)に群馬大学名誉教授である瀬山士郎(せやましろう)氏と一緒に訪問したときに、瀬山氏が最初に発した

「足元で教育から見捨てられた子供たちがいるとは知らなかった!」

この一言から、「少年院で数学を教える」という最初の扉が開きます。

事の経緯や成り行きなど、詳しいことは『僕に方程式を教えてください〜少年院の数学教室〜』(集英社新書)に譲りますが、最初のパズルのピースは、髙橋さんが自費出版で出された数学の本であること、そして瀬山&髙橋名コンビ誕生の影の立役者が、ベレ出版の担当編集者だということだけは、ここに添えておきます。

赤城少年院での実績が次の扉を開き、髙橋さんは 2015 年から新潟少年学院でも数学を指導することになります。そこは高卒認定試験指導モデルの第一号。 全国に先駆けて「高卒認定試験受験コース」が導入されたものの、当時の新潟の指導方法では高認の数学合格率が低かったことから、瀬山&髙橋名コンビにお呼びがかかった、というわけです。

ここで高卒認定試験について少し説明すると、正式名称は「高等学校卒業程度認定試験」。さまざまな事由により高校卒業が叶わなかった 16 歳以上の人が受験できる試験で、平成 16 年度までの「大学入学資格検定」に代わり、翌平成 17(2005)年から年に 2 回、実施されています。試験に合格すれば高卒と同等とみなされ、国、公、私立のどの大学、短大、専門学校、多数の国家資格受験もでき、平成 19 (2007)年からは少年院内からの受験も可能になりました。

髙橋さんが当初苦労した点は、少年たちの基礎学力が小学 4 年生前後で、また 九九が怪しい者もおり、「どこの段階から指導を始めるか」でした。さらに、当時市販されている高卒認定試験向けのテキストは 1 種類しかなく、内容は中学数学が出来る前提での解説ゆえ、まさに手探りの状態でした。

わからないまま授業が進められる苦しさを、誰よりも理解している髙橋さん。 分数の計算はおろか、九九すらままならないというのに、ルートの計算や2次関数、三角比など、解けと言うこと自体が無理な話です。

そこで、瀬山氏と相談しながら試行錯誤の上、独自のカリキュラムを作成し、さらに、「自信をもって間違えることでの気づき」と、「分かる・わかる」を積み上げることで、自信を持って学べる「場」を作り上げました。

この「自信をもって間違える!」指導方針は、「語りかける数学シリーズ」の中にしっかりと生かされています。学習者が間違えやすい問題には、必ず最初に「誤答」を示し、それから「正しい答え」を示すことで、どこがいけなかったのかが、はっきりと見えてくるよう書かれています。この点が「語りかける数学シリーズ」と他の学習書との大きな違いであり、特徴でもあります。

少年院に話を戻しますが、彼らは自らの学力を知っているので、高認の資格をとること自体に懐疑的でもあり、最初はなかなか心を開いてはくれません。「自分が子供の頃、授業中はお客さん状態で、教師から無視されていたので、彼らには絶対にそんな思いはさせません」と髙橋さん。

授業中、彼らの話を聞くにあたり、特に意識している点が 2つあります。ひとつは少年たちが言葉にできない頭の中のモヤモヤを、「自分の言葉で相手に伝わるように話すこと」を常に要求すること。そしてもうひとつは、間違えても「良い間違いだね! ありがとう!」と、常にポジティブな言葉を投げかけること。決して否定はしない。

髙橋さんはひとりひとりと真剣に向き合います。知りたいのは、なぜそう考えたのか、どうやってその答えに辿り着いたのか。それを自分の言葉で伝え、みんなで考え、理解しあうことに意味がある。そんなやりとりを重ねるうちに、彼らはどんどん積極的に質問をするようになっていきます。そして何度間違えても「先生、リベンジさせてください!」と、ほぼすべての少年が要求するようにもなるのです。

学力は生きる力だ!

こうして「わかる」「できる」という小さな成功体験を積み上げていくことで、少年たちの自信と自己肯定感が育っていきます。もともと学習の機会に恵まれていなかっただけで、その潜在能力は非常に高いのです。土壌さえ整えてあげれば、あとは乾いた砂が水を吸い込むかのごとく、驚くべき速さで知識と理解を自分のものにしていきました。そして今では院内受験者の8〜9割が、数学の試験に合格するまでになっています。

髙橋さんは以前から「学力は生きる力」と言い続けてきました。学ぶことは、良い学校にいくためでも、良い点数を取るためでもなく、自ら考え、自らの言葉で想いを相手に伝える力こそが人生において重要であるのだと。

以前、首都圏の家庭裁判所の裁判官が新潟での2人の授業を見学し、「最近の非行少年は抽象的表現ができないが、今回の授業を拝見し、数学が彼らの抽象的思考を育むのに意味があることを知りました」と。

数学を通して一人でも多くの人に生きる力をつけてほしい。そして日本国民全員の基礎学力を上げたい! 出来れば、数学Ⅰまでは大人の素養となって欲しい。それが髙橋さんの願いでもあるのです。

「九九」からはじめて「高卒認定」のゴールを目指せ!

今までの数学指導の集大成が、今回上梓した『九九からはじめる語りかける数学 高卒認定試験完全対応』です。

数学指導に携わって 30 余年、学習環境に恵まれていない方、また、数学のやり直しをしたい方が、不安なく「分かる・わかる」を実感できるよう、基本の基本から丁寧に説明をすることで、「誰一人置いてきぼりにしない」という想いが、この一冊に込められています。

髙橋さんが本書を通して伝えたいのは、「数学の本質」に他なりません。数の世界とはどういうものか、「足す、引く、掛ける、割る」ということの意味を懇切丁寧に解説しています。したがって、解説文も過去のシリーズ同様の長さで、これが髙橋一雄の「語りかける」数学の真骨頂。まるで寄り添うように二人三脚で体温をも感じながら進んでいける安心感を、ぜひ体験していただきたいと思います。

学び直しに年齢も環境も関係ない。いつだって、何度だってやり直せます。

皆さんも髙橋さんと一緒に、九九から数学Ⅰまでを再学習することで「高卒認定試験」を解ける学力を習得し、社会の入り口の扉を開くとともに、大人の素養としての学力を身につけてみませんか?

文:t-cube 髙橋浩子

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