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ロンドンを巡る奇妙な冒険 第1部

著者 小泉 勇人(こいずみ ゆうと)

ロンドンの歩き方

 18世紀の文学者サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson)は、「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ(When a man is tired of London, he is tired of life)」という言葉を残しました。英国人がそう言うのですから、外国人にとってはなおさら、歩いても歩いても、何を見ても、飽きが来ないのがロンドンというもの。それだけに、自分はロンドンをどう歩きたいのか、元々の興味に合わせてどんな「聖地巡礼」をしたいのか、と考えを巡らす楽しみは格別です。このコラムでは、私なりのロンドンの歩き方をお伝えします。
 申し遅れました、東京科学大学、リベラルアーツ研究教育院の小泉勇人です。専門は16-17世紀のお芝居(特にシェイクスピア劇)と、その映画化作品(特に21世紀以降)です。それから、ホラー映画を愛好しています。そのような性格もあるものですから、ロンドンの歩き方についても、自然とそういった世界に近づいてしまいます。確かに、自分なりの歩き方、それは時に、奇妙な冒険に思えます。このコラムではロンドンを巡る、一つの奇妙な冒険を通じて、皆さん自身の奇妙な冒険を見出すきっかけになればと願っております。まずは、映画館のお話です。

英国映画協会の映画館—BFI Southbank―で映画の世界に浸る

 イギリスと言えばお芝居、ロンドンではミュージカル、といったイメージは根強いでしょう。ただ、ロンドンであえて映画館に通うのも悪くはないです。新作映画なら、大手シネコンのオデオン(ODEON)やシネワールド(Cineworld)で観られます。作品によっては日本で封切前だったり、あるいは新作であっても、日本では大々的に公開されない映画も上映されます。
 一方、過去の映画をリバイバル上映していたり、一風変わった佇まいの名画座もあります。例えばノッティング・ヒル(Notting Hill)にはエレクトリック・シネマ(Electric Cinema)という愉快な名前の古い映画館があります。レスター・スクエア近くには、プリンス・チャールズ・シネマ(Prince Charles Cinema)というやや大層な名前の名画座もあって、かつて筆者はここに足しげく通っていました。これらは、東京なら目黒シネマや池袋新文芸座、あるいは渋谷シネマヴェーラといった風情の映画館です。そしてサウス・バンクのエリアには、英国映画協会(BFI: British Film Institute)が擁する映画関連複合施設、その名もBFIサウスバンク(BFI Southbank)があります。

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(撮影:筆者。BFIサウスバンク。左奥から入ると付属図書館、チケット売り場へと続く。)

アートの中心地サウスバンク

 文化に関心があるなら、サザーク区とランベス区にまたがる地域サウスバンクを訪れてみてください。サザークといえば、かつてシェイクスピアが芝居を書いてヒットを飛ばしていた場所、ランベスといえば1930年代のロンドンを舞台にしたミュージカル『ミー・アンド・マイガール』(Me and My Girl, 1937)でも有名な下町です。(なので、この地は宝塚歌劇を通してMe and My Girlを観た人にとっても、十分な「聖地」となりえます)。BFIサウスバンクに向かうには、ほぼ直結しているウォータールー駅から向かうのもありでしょう。しかし、もし晴れているなら、テムズ川を挟んで向こう側にあるテンプル駅から向かうのも楽しいです。駅から降りて目の前にある巨大なウォータールー橋を渡ってテムズ川を渡れば景色も格別ですから。何よりこの橋は、ヴィヴィアン・リー主演の名画『哀愁』(1940)ゆかりの建造物。映画の原題はWaterloo Bridge、この橋での男女の出会いが決定的な意味を持つ物語です(Internet Movie Data Baseの作品情報:Waterloo Bridge (1940) | Drama, Romance, War1h 48m | Approvedwww.imdb.com)。

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(撮影:筆者。ロンドンのウォータールー橋からの景色。左奥に小さく見えているのがロンドン国立劇場。中央の建物の一階には本屋FOYLSがある。)

テンプル駅を出たら橋の上を歩き、左手に大手老舗の本屋FOYLSが見えてくれば、もう渡り切る頃です。橋を降りて、FOYLSを右手に少し進んだ所にBFIサウスバンクはあります。すぐ隣には国立劇場が建ち、ハムレットを演じる名優ローレンス・オリヴィエの像も良い目印となるでしょう。

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(撮影:筆者。ロンドン国立劇場。写真左手にハムレットを演じるオリヴィエの像がある。)

ちなみに、さらに歩き続ければシェイクスピアのグローブ座と現代美術館テート・モダンに行き着きます。この辺り一帯は、映画、芝居、美術なんでもござれの無敵の文化エリアなのです。

特集上映のユニークさ

 BFIサウスバンクの魅力の一つは、テーマに沿った特集上映でしょう。筆者がロンドンに滞在していた2014年頃はゴシック特集が目玉の一つでした。『恐怖城』(White Zombie, 1932)『キャット・ピープル』(Cat People, 1942)『私はゾンビと歩いた!』(I Walked with a Zombie, 1943)『キャット・ピープルの呪い』(The Course of the Cat People, 1944)『回転』(The Innocents, 1961)『ウィッカーマン』(The Wicker Man, 1973)を観たのもこの特集上映期間のことでした。

(2013-2014年のBFI『ゴシック特集』宣伝映像。ゴシック映画の名場面の詰め合わせが圧巻。)

 ちなみに、ハーマン・メルヴィルが書いた『白鯨』(Moby-Dick, 1851)の第24章「学問なき者の学識(The Advocate)」に次のような一文があります——「捕鯨船こそ私のイエール大学であり、ハーバード大学だった。わが師は、己が手と頭であった(A whale-ship was my Yale College and my Harvard. My teachers were my hands and my head.)」。振り返ると、筆者にとってBFIサウスバンクとプリンス・チャールズ・シネマは、まるで捕鯨船のような冒険の場でもあり、面白い何かを学ぶ大学のような空間でした。みなさんにとっても、そんな特別な映画館が見つかると素敵ですね。
 なお最近2024年9月にBFIサウスバンクを再訪した際には、ストップモーション特集が始まっていました。その他、特定の監督の過去作を連続で楽しむ二本立て(Double bill)もたまりません。私はちょうどこの時期にテレンス・フィッシャー監督作『フランケンシュタインの逆襲』(The Course of Frankenstein, 1957)について原稿を書いていました。 

(『フランケンシュタインの逆襲』当時のオリジナル予告編)

 そしたら当のフィッシャー監督作の二本立てが上映していたため、渡りに船とばかりにネットでチケットを予約。To The Public Danger(1948)『盗まれた顔』(Stolen Face, 1952)という、初期の貴重な作品を鑑賞できました。特に前者は、スリルジャンキーと化したサイコな狂人が登場し、居合わせたカップルが夜の地獄ライドに付き合わされる悪夢のような狂った映画です。ハマーフィルムを牽引したホラーの巨匠フィッシャー監督は、『ブルー・ベルベット』(Blue Velvet, 1986)や『ヒッチャー』(The Hitcher, 1986)の原型のような映画を既に撮っていたのですね。

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BFIサウスバンクの劇場内。

映画資料が豊富に揃う付属図書館ルーベン・ライブラリー

 BFIサウスバンクに来たなら、付属図書館のルーベルライブラリー(Reuben Library)にも立ち寄ってみましょう。イギリスで出版された映画資料が豊富に揃っていて、英語がちょっとでも読めれば、一日中映画の本を読んでいられる夢のような空間です。せっかくなので、イギリス公開映画関連の雑誌や、当時のプレス資料などを閲覧してみましょう。筆者は訪問時、シェイクスピアのお芝居『オセロー』を下敷きにした映画『二重生活』(A Double Life, 1946)や、日本を舞台に作ったシェイクスピア映画『お気に召すまま』(As You Like It , 2006; 日本未公開)を研究していましたので、ルーベン・ライブラリーで公開当時の批評やプレス資料を探したところ、予想以上に豊富な資料が見つかりました。興味があったフランコ・ゼフィレッリ監督作『ロミオとジュリエット』(Romeo and Juliet, 1968)に関しても、当時の貴重な批評が見つかりました。閲覧を希望する際、まず必要な資料を目録で検索し、専用のカードに記載してライブラリアンに渡します。すると資料を持ってきてもらえるのですが、この一連のアナログな手順が、とても「図書館らしくて」たまりません。
研究資料を探すのはもちろん、施設内の劇場で観たばかりの映画に関する文献をその場で読める、という楽しみ方もあります。観て・・・読んで・・・また観て・・・、そんな風に図書館と映画館を往復しながら映画ジャンキーになれる夢のような聖地、それがBFIサウスバンクなのです。

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BFIサウスバンクの付属図書館ルーベルライブラリー(Reuben Library)内観

この記事を書いた人:小泉 勇人(こいずみ ゆうと) 
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院・外国語セクション准教授。
大阪府枚方市出身。関西学院大学文学部英文科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究科英文学コースに進学。修士課程では「シェイクスピアと医療」(特に梅毒を巡る言説)をテーマに研究、博士論文ではシェイクスピア映画と現代社会の関わりに取り組み、イラク戦争がシェイクスピア映画に与えた影響等を論じる。東京科学大学ではイギリス文学の研究に携わりながら、アカデミックライティング指導の分野も追求し、東京科学大学ライティングセンターを設立、運営。映像メディアを利用する英語教育にも関心があり、映像メディア英語教育学会(Association of Teaching English throgh Media: ATEM)東日本支部に所属。執筆した大学英語教科書に『現代映画のセリフで鍛えるリスニングスキル』(2020)がある。

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