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ロンドンを巡る奇妙な冒険 第3部

第3部 ーロンドン名物ウナギのゼリー寄せ編ー

著者 小泉 勇人(こいずみ ゆうと)

(前回までの記事はこちら)
第1部 映画館のお話
第2部 ー切り裂きジャック編ー

イギリスめしは不味いですって?いえいえ、「ユニーク」だと言っていただきたい。

 ロンドンを訪れたら、ここは一つウナギを食べるというのはどうでしょう。イギリスでウナギ?と首をかしげる方もおられるでしょう。ロンドンでは18世紀頃より、テムズ川で取れたウナギがよく食べられていました。ただし日本での高級なイメージとは異なり、もっと気軽に労働者でも手が届くファーストフードとして。しかし時代は流れ、フィッシュ・アンド・チップスやサンデーローストなどの「イギリスめし代表選手」に比べるとあまり目立たなくなってしまいました。ひょっとすると、耳目を集めるイギリス料理枠で言うと、コーンウォール地方の郷土料理スターゲイジー・パイ(stargazy pie)の方が有名かも知れませんね。これは私も趣味で作ったことがあります。でも、ウナギ料理は日本では流石にできません。高いから...。

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(調理:筆者。年末に自宅で友人たちに食べてもらった「星夜を見つめる魚のパイ」こと、スターゲイジー・パイ。イギリスはパイ料理の宝庫。手探りで作ってみたら美味しかったので、ぜひみなさんも気軽に作ってみてください。...そんなにグロくないよね?)

しかし、ロンドンで食べるウナギ料理は安くて、そして、その...格別ですから、ぜひ味わってみてください。今回はそんなイーストエンド[1]の名物ウナギ料理のお話です。

[1] ロンドン東部のエリア。労働者階級の住むエリアとして知られ、19世紀以降、特にユダヤ人、アイルランド人、後にはバングラデシュ系移民が多く住むようになった移民の街でもあります。第2回で紹介したホワイトチャペルもこのエリアに含まれます。

もはや希少、ロンドン最古のウナギ料理店

 現在ロンドンでウナギ料理を出す店としては、M. Manzeというレストランがよく知られた存在です(他にもウナギ料理を出す店はいくつか見つかるようですが)。1892年にロバート・クック(Robert Cooke)という人物が最初に開いたウナギ料理店は、その後ミシェル・マンゼ(Michele Manze)に引き継がれ、現在に至ります。そんなウナギ料理店M. Manzeは、1930年代には最大14店舗まで増えましたが、2025年現在では3店舗のみとなっています。使っているウナギもオランダやアイルランドで捕れたもののようです。さて、19世紀の労働者のお腹を満たしたソウルフード、ウナギ料理。その実態とは?!

★M. Manze公式サイト ↓

M.Manze: Pie and Mash Delivery Service | Since 1902M.Manze: Pie and Mash Delivery Service | Since 1902M.Manze delivers the best pie, mash & eels throughout thewww.manze.co.uk

★M. Manzeについて書かれたBBCの記事 ↓

London's original fast foodDespite London being a global food capital, many will be surpwww.bbc.com

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(撮影:筆者。タワー・ブリッジ店。黒板っぽい看板に店の歴史が書かれてある。)

M. Manzeのクラシカルなミートパイ

 まずウナギの前に、M. Manzeはミートパイの老舗でもあります。メニューにあるように、パイとマッシュポテトの組み合わせで注文するのがスタンダード。後述しますが、ここにウナギを加えたい場合はそのように注文できます。ひき肉を使ったパイは、さっぱりとしていてシンプルな味わい。比較として正しいのかわかりませんが(たぶん正しくない)、大阪名物「551の蓬莱の豚まん」の1/3くらいのさっぱりさです。

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(撮影:筆者。肉汁が溢れるミートパイの至福)

サクサクというわけにはいかない、ちょっと硬めのパイ生地にひとたびナイフを差し込めば、ジュワッとジューシーな肉汁が飛び出ます(飛び出しすぎた肉汁で筆者の服は汚れました)。エルトン・ジョンの楽曲Made in England(1995)にもM. Manzeが登場し、このミートパイをアピールしています。

(エルトン・ジョンMade in EnglandのMV。M. Manze店舗の登場は2:48あたりから。)

ウナギはブツぎりにして食すに限る!

 M. Manzeで出してくれるウナギ料理は2種類あって、ブツ切り塩ゆでウナギと、ゼリー寄せにしたウナギです。ちょっと何言ってるかわからないかもしれませんが、日本のようにウナギは開いて焼いて…ではなくて、イギリスではウナギはブツ切りでゆでるに限るのです!それはもう既に決まっています。塩でゆでればウナギならふんだんに脂がにじみだし、煮込みは深まり、比較的サッパリとした味わいのブツ切りゆでウナギの完成です。また、その煮汁ごと冷やして煮こごりにすれば、ウナギのゼリー寄せの完成です。これらはパセリソースと一緒に(パセリで作っているようですが、微かにミントの風味も感じます。)味変でビネガーをたっぷりかけて食べるのもありです。 

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(撮影:筆者。ミートパイとマッシュポテトに緑のパセリソースを絡めて好きなように食すべし。味変で塩コショウを加えたり、ビネガー(唐辛子漬けのものもあり)をドバドバかけよう。ちなみに、ビネガーはフィッシュ・アンド・チップスを食べるときにもドバドバかけてやります。)

 豪快な調理法と見た目に反して、この料理は食べる側にある種の繊細さを要求します。細かな骨が残っているため、一つ一つ丁寧に取り除きながら食べなければなりません。そのため食事中は結構チマチマした営みが続きます。でもそれがいいんです。

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(撮影:筆者。ウナギ料理では骨にご注意!豪快なブツ切りですし、あらかじめ骨を抜いたり、蒸して小骨を柔らかくしたりとか、そういうのは期待してはいけません。なかなかに太くて鋭い骨が景気よく襲い掛かってきます。肉と骨をフォークで上手く分離させていただきましょう。)

 そしてウナギ自体の味ですが、もちろんちゃんとウナギです。ブツ切りであるため外側の皮が青白く目立ち、けっこう人を選ぶビジュアルではありますが、ウナギの風味はしっかりと味わえる名品。食べやすいのはこの塩ゆでの方でしょう。
 好みが分かれるのは間違いなくゼリー寄せの方です。上述の塩ゆでブツ切りウナギが、その脂でできた煮こごりと混ざって供されます。この煮こごりがなかなか生臭く、クセが強いです。ウナギの脂が染みた生臭いゼリー、つまり煮こごりですが、…これにビネガーがしっかりと合うのが醍醐味。ウナギの肉と共に、ビネガーとの助けも借りつつ上手く胃袋に送り込んでいきましょう。

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(写真提供:筆者の従弟。2014年頃のM. Manzeの様子。当時、留学中だった筆者を訪ねた従弟に、ウナギのゼリー寄せを食べてもらいました。快く当時の写真を提供してくれて、ありがとう。)

 ことほど左様にユニークな食体験をもたらしてくれるM. Manzeのウナギ料理。何よりありがたいのは、ウナギにしてはお手頃な価格帯です。ちょっとうろ覚えですが(レシートを取っておけばよかった...)、パイとマッシュポテト(1 pie & 1 mash)は約5ポンド、ブツ切り塩ゆでウナギとマッシュポテト(eels & mash)で7ポンド弱、ウナギのゼリー寄せ(jellied eels)単品で5ポンドくらいです。『コマンドー』の元グリーンベレー所属のクックよろしく、「一番気に入ってるのは・・・ 値段だ(You know what I like best? ...The price.)」と言い残してから店を出たくなりますね。もちろん味も、大変にユニークです。 

(『コマンドー』の「一番気に入ってるのは・・・ 値段だ」の人。キャラ名は偶然にもM. Manzeの創始者Cookeと同性である。もちろん両者は無関係だ。)

ということで、ローカルなソウルフード、ロンドン仕込みのウナギの塩ゆで&ゼリー寄せのお話でした。もはやロンドンでも希少なこの料理を、ぜひ一度ご賞味ください!


この記事を書いた人:小泉 勇人(こいずみ ゆうと) 
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院・外国語セクション准教授。
大阪府枚方市出身。関西学院大学文学部英文科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究科英文学コースに進学。修士課程では「シェイクスピアと医療」(特に梅毒を巡る言説)をテーマに研究、博士論文ではシェイクスピア映画と現代社会の関わりに取り組み、イラク戦争がシェイクスピア映画に与えた影響等を論じる。東京科学大学ではイギリス文学の研究に携わりながら、アカデミックライティング指導の分野も追求し、東京科学大学ライティングセンターを設立、運営。映像メディアを利用する英語教育にも関心があり、映像メディア英語教育学会(Association of Teaching English through Media: ATEM)東日本支部に所属。執筆した大学英語教科書に『現代映画のセリフで鍛えるリスニングスキル』(2020)がある。

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