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  • 著者のコラム

わが辞書人生[第1回]

著者 大井光隆(元英語辞書編集者)

辞書の書き手に「辞書作りの本当の功労者は辞書編集者である。この人々は知見と経験、情熱と責任感の塊である」とまで言わせる辞書編集者。その辞書編集一筋40年余りの‘職人’が語る、連載の第1回です。

辞書編集者という仕事

「辞書編集者」ということばを聞いて、どんなイメージを持たれますか?

「辞書」というものをご存じない方はいないと思います。国語辞典、古語辞典、英和辞典、和英辞典など、いろいろありますね。新学期に、先生から買うように言われて持っている方も多いかと思います。でも、紙の辞書なんて、引くのがめんどうだから使わない、という人も多いことでしょう。しかし、今でも紙の辞書は作られていて、大きめの書店に行けば、たいてい店頭に並んでいます。私は出版社の社員として、この紙の辞書の編集を約40年も続けました。単調で、大しておもしろくもないこの仕事を、よくもこんなに長期間続けられたものだと思いますが、たぶん性格的に合っていたのでしょう。

辞典表紙

私の作った辞書

辞書といえば、今では「電子辞書」を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、私が学習研究社(現在の「学研ホールディングス」)に入社した1966年(昭和41年)には、辞書といえば紙の辞書しかありませんでした。私は、入社してから定年退職時まで、さらには退職後もアルバイトとして英和辞典の編集に従事しましたが、現役時代に編集担当者として世に出したのは、辞書としては『アンカー英和辞典』、『アンカー和英辞典』、『アンカー英作文辞典』のみです。40年近くも在職しながら、なぜたったこれだけなのかと思われることでしょう。しかし、これにはわけがあります。まず、紙の辞書の編集作業は、今とは比べものにならないほど長い時間がかかったのです。コンピューターの時代になった今では、電子データさえととのえば、ごく短期間に本が出来上がりますが、50年前の編集作業は、まさに「アナログ」の手作業でした。

辞典中身

「活字」と「植字」と「植字工」

「活字」というものをご存じでしょうか?

これは、たとえて言えば「ハンコ」(印鑑)のようなものです。当時は、「植字工」と呼ばれる職人さんが1字1字原稿通りにハンコのような文字を活字ケースから拾い出して、「組版」というものを作り、印刷できる状態にしていました。この作業を「植字」と言います。今のようなコンピューター全盛の時代においては、この植字の工程を理解していただくのは、ほとんど不可能かもしれませんね。なにしろ、「ハンコ」が消滅しそうな時代ですから。

ともかく、このような大変めんどうな作業を経て、刷り上がった「ゲラ」(「校正刷り」とも言います)が編集部に戻ってきます。編集者は、このゲラに修正の赤字を入れてゆくのです。そして、この真っ赤になったゲラを見て、植字工さんは、再びピンセットのようなものを使って活字を差し替え、新しい組版を作っていきます。

この作業は、編集部と印刷所の間だけで行われるのではなく、組み上がった「ゲラ」を監修の先生がたにお送りして見ていただくのです。「アンカー英和辞典」の場合は監修の先生が3人いらっしゃいましたから、まず二人の先生に見ていただき、最後に「編集主幹」と呼ばれる先生のチェックを受けるわけです。こういう手間ひまのかかる作業の繰り返しですから、1冊の辞書を作るのに当時は最低5年以上かかっていたのです。今では考えられませんよね。その後、「写植」(写真の原理による、活字を使わない植字)というものが導入され、印刷作業はずいぶんスピードアップしました。そしていよいよ、コンピューターの時代を迎えるわけです。

植字ハンコ

では、次回は実際の編集作業のお話をしましょう。(第2回につづく)


記事を書いた人:大井光隆(おおい・みつたか)
1941年、岐阜県本巣市生まれ。
東京外国語大学卒業。
学習研究社にて、一貫して英和辞典、和英辞典、学習参考書などの編集に従事。定年退職後も、各社の英和辞典編集に参画。
著書に、『65歳 イタリア遊学記』(自費出版)、『英語の常識力 チェック&チャレンジ1800問』(べレ出版)がある。

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