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  • 著者のコラム

イタリア‐「食」の魅力 第1回「白トリュフ」

著者 本多孝昭(イタリア語通訳案内士、イタリア語講師)

 語学を学習していると、食べ物や食べることに関して会話するときが一番話しやすく、会話も弾むと感じられたことってありませんか?イタリア語でいえば、mangiare(食べる)という動詞が一番使いやすいと思われたこと、きっとおありでしょう。
 「食」は、教養やプライドの鎧を取り払って無邪気に語り合える、我々すべてに共通する日常的な文化です。ですから、イタリアの「食」に対する興味が増せば、普段着の自分のままイタリア語をもっと楽しくスムーズに学習、会話できるのではないかと思うのです。
 そのような理由から、今回私はイタリアの「食」の魅力を、旅の思い出を通して語ることにしました。

アクアラーニャのトリュフ祭り

 私がイタリア語学校で翻訳コースを受け持っていたころ、翻訳用の記事を探すのにしばしば苦労していました。コモ湖の景勝地ベッラージョを訪れた時たまたま話しかけられて知り合ったイタリア人のご婦人にその話をしたら、帰国後、現地の雑誌に掲載された旅行関連の記事をたくさん送ってくれました。

 その記事の中でまず目に留まったのが、アクアラーニャという町のトリュフ祭りでした。もともと食い意地が張っている私ですから、白トリュフに惹きつけられたのは当然の成り行きだったと思います。その年の私の旅行先はアクアラーニャと決まりました。

 イタリアではトリュフというとフランスの黒トリュフではなく、白トリュフを指します。白トリュフのほうがより強烈で官能的な香りを放ちます。白トリュフというと日本人は北イタリアピエモンテ州のアルバを思い出されることでしょう。アルバの白トリュフはマツタケでいえば丹波産のような超有名ブランドです。ではアクアラーニャって何、どこなの?ご存じない方がほとんどでしょう。私もその記事を読むまでは知りませんでした。イタリア中部、アドリア海に面したマルケ州の北の端に19世紀のイタリアの大作曲家ロッシーニの故郷ペーザロという町があります。エミリア・ロマーニャ州は目と鼻の先です。アクアラーニャはペーザロからアペニン山脈に向かって1時間あまりの山あいにあります。有名な観光地ウルビーノの近くと言ったほうがわかりやすいでしょうか。

アクアラーニャの白トリュフ
▲アクアラーニャの白トリュフ

 アクアラーニャでは10月下旬から11月にかけての週末、トリュフ祭りが開かれます。特に何があるというわけでもない小さな町ですが、トリュフを探し出すトリュフ犬はその70パーセントがこの地で飼育され、トリュフの収穫高も断トツに多いそうです。交通の便が極端に悪い辺鄙なこの地に効率よくたどり着くために、町役場の観光課のアンジェロさんと事前に何度もメールでやり取りし、情報を入手して、11月初旬の金曜日の夕方、アクアラーニャに到着しました。

 夕食は、これも事前にメールで予約した町唯一のレストランでの白トリュフ尽くしです。バラエティに富んだいわゆるイタリア料理らしいアンティパストに、削ったトリュフを惜しげもなくかけてくれます。ちなみに、トリュフ削りのことを向こうではtagliatartufiと言うそうです。次に出てきたクリームソースでいただくタリアテッレにもトリュフはたっぷり。そしてメインの牛肉ソテーにもこれでもかといわんばかりのトリュフが削りかけられます。これにデザートと一杯のワインを注文して、支払った金額はとても安い!東京の高級イタリア料理店ならトリュフの追加料金と同額くらいじゃないでしょうか。ともかくこの先もう何年かは食べなくても大丈夫、というくらいたらふくトリュフをいただきました。安ホテルまでの帰り道は徒歩10分ほど。林の中を抜ける夜道には人っ子一人いませんが、うっすら霧が立ち込めて幻想的な風景です。流れる霧の超微細な水滴を頬に感じながら歩くというのは私にとって初めての経験となりました。

 翌日の土曜日はトリュフ祭りです。町役場の周りにはトリュフやその関連商品を売る屋台が並び、それに負けじと、特徴あるサラミやソーセージ、チーズやポルチーニ茸、保存食などを扱う郷土色豊かな店にも活気があります。イベントホールではその時間、マルケ州のワインを語るエキスパートたちのパネルディスカッションが開かれていました。私はまず、この地に無事たどり着けたお礼を申し上げに役所のアンジェロさんを表敬訪問。町長さんも紹介していただきました。白トリュフに熱を上げた風変わりな日本人がはるばるやってきたということで、取材に訪れていた記者からそのあとインタビューを受けるというハプニングもありました。il Resto del Carlinoという由緒あるエミリア・ロマーニャ州の新聞です。

ポルチーニ茸
▲ポルチーニ茸
新聞記事
「日本人がトリュフに首ったけ」
  その時の新聞記事。写真右が著者

 泊まったホテルのオーナーが話してくれました、今年はラッキーだよ、去年100グラム200ユーロだったのが、今年は豊作で、100から150ユーロで買えると。

 白トリュフにご関心のある方々もいらっしゃるでしょう。レストランの主人や屋台のおばさんなどに聞いた話を最後にまとめておきます。

 アルバの白トリュフは産地のエリアが狭くて実は収穫量が少ない。アルバのフェアで売っている白トリュフは、マルケ州、トスカーナ州その他のイタリアの産地やアルバニアなど近隣国から運んできたものが多いので注意が必要。とはいえアルバ産のトリュフは形が美しいことは確か。アクアラーニャは収穫量が多く、その分安いが、形の美しさではアルバに劣る。前の年も日本からアクアラーニャに白トリュフを大量に買い付けに来た業者がいた。トリュフは付着した土を取り除いてしまうと数日で香りが失われる。土を残してクッキングーパーにくるみ、毎日ペーパーを取り換える。そうすると1週間は鮮度と香りが保てる。トリュフは呼吸しているので、一日でペーパーはじっとり湿ってしまうそうです。さて、私が何年前にアクアラーニャを訪れたのか、そこで実際にトリュフを買って帰ったのかどうか、これについてはみなさんのご想像にお任せします!

トリュフ祭り
▲にぎわうアクアラーニャのトリュフ祭り

記事を書いた人:本多孝昭
京都大学法学部卒業。
イタリア文化の真髄に触れてみたいとの一心から独学でイタリア語を学び、現在は、日伊学院でイタリア語の文法や和訳を指導するかたわら、翻訳・通訳にもたずさわる。イタリア語通訳案内士。
著書に『MP3 CD-ROM付 本気で学ぶイタリア語』、『CD BOOK 本気で学ぶ中級・上級イタリア語』、『[音声DL付]例文と覚える イタリア語必須イディオム・連語1493』(ともにベレ出版)がある。

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