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イタリア‐「食」の魅力 第3回「コラトゥーラ」

著者 本多孝昭(イタリア語通訳案内士、イタリア語講師)

 語学を学習していると、食べ物や食べることに関して会話するときが、一番話しやすく会話も弾むと感じられたことってありませんか?イタリア語でいえば、mangiare(食べる)という動詞が一番使いやすいと思われたこと、きっとおありでしょう。
 「食」は、教養やプライドの鎧を取り払って無邪気に語り合える、我々すべてに共通する日常的な文化です。ですから、イタリアの「食」に対する興味が増せば、普段着の自分のままイタリア語をもっと楽しくスムーズに学習、会話できるのではないかと思うのです。
 そのような理由から、今回私はイタリアの「食」の魅力を、旅の思い出を通して語ることにしました。
海から見たアマルフィ
▲海から見たアマルフィ

アマルフィ海岸のコラトゥーラ

 我が家の書棚に、どういうわけか昔からシリーズものの「世界の旅百科」が並んでいて、その南イタリア編にはアマルフィ大聖堂の写真が載っていました。学生のころからその光り輝くようなファサードの姿にあこがれ、一度はアマルフィに行って見てみたい、そう思うようになり、それから10年を経て夢は実現しました。日本人観光客がアマルフィ海岸に目を向けるきっかけとなった、織田裕二主演の映画「アマルフィ 女神の報酬」が公開されるずっと前の話です。

 アマルフィへは、断崖絶壁に沿って走るヘアピンカーブを辿る陸路と、船に乗って港に入る海路のふたつのルートがありますが、かつて隆盛を誇った海運都市国家アマルフィの往時の姿を想い描けそうな海路が私としてはお勧めです。大聖堂は、船を降りてすぐのドゥオーモ広場右手にあります。アマルフィに着いて初めて実物を見た時、広々とした階段の頂にそびえ立つその姿は私が期待していたとおりの美しさでした。ロマネスク様式建築ということですが、どうもいろいろな様式が混じりあっているようで、アラブ・ノルマン様式という言い方もされています。正面ファサードにはキリストと12使徒が描かれ、様々な色の石を組み合わせて作り出した幾何学紋様はその様式の名のとおりアラブの雰囲気を漂わせています。大聖堂のとなりにはマヨルカ焼きのタイルで装飾された鐘楼と異国情緒あふれる真っ白な天国の回廊があり、必見の観光スポットです。

アマルフィ大聖堂
▲アマルフィ大聖堂

 広場に面しては、昔ながらの製法で蒸留したレモンのリキュール、リモンチェッロを売る店や、この地方の名物スコルツェッタ(甘く煮た果物にザラメの砂糖をまぶしたお菓子)やマロングラッセ、リモンチェッロを効かせたレモンジェラートが評判のカフェ、アンドレア・パンサがあって、リモンチェッロもスコルツェッタも本場の味、とてもおいしいです。ぜひともここで一息入れたいものです。夏のアマルフィの太陽の光は突き刺すように暑く、日陰での休息は必須です。

 斜面に沿って重なり合うように建つ白い家々は迷路のような狭い通路と階段で繋がっていて、迷子になることを覚悟していたずら半分でどんどん迷路を登っていくと、いつの間にか突然、高台に出て、眼下に美しいアマルフィの町が広がります。感動的な風景です。そこで偶然出会ったおばあさんの一言は忘れられません。「私はこの歳で毎日この階段を4往復しなくちゃいけないのよ」と。我々の日常生活がいかに甘やかされた環境で営まれているか、考えさせられました。

 アマルフィ海岸で次に目指すはチェターラです。アマルフィ海岸の独特の味覚はチェターラにこそあります。チェターラはアマルフィから船で40分くらいでしょうか、小さな漁村です。小さな町とはいえ、我々日本人には南イタリアの明るく陽気で歴史を感じさせる雰囲気がいっぱい。私がここに立ち寄るのはもう二度目です。何を目指してやってきたか?それはコラトゥーラです。

チェターラの街
▲チェターラの街

 チーズやヨーグルトはともかく、ヨーロッパでは、日本をはじめ東洋諸国のように発酵食品にお目にかかる機会は比較的少ないです。日本の調味料のひとつ醤油は大豆から作られる植物由来の発酵食品ですが、世の中にはさらに、肉醤、魚醤といって、塩漬けの肉や魚介から抽出した発酵調味料なども存在します。魚醤は我々にも馴染みがあって、秋田のしょっつる、ベトナムのニョクマム、タイのナンプラーなどは案外身近な調味料といえるかもしれません。実はこの魚醤が古代ローマの時代にもありました。青魚の内臓を塩漬けにした発酵調味料で、ガルムと呼ばれています。チェターラでは、ガルムの流れをくむコラトゥーラ(正式にはColatura di alici di Cetara)という、アンチョビとその内臓の塩漬けから絞り出した魚醤の生産が古くからおこなわれてきたのです。

パンとコラトゥーラの瓶
▲パンの皿の後ろにあるのがコラトゥーラの瓶

 この希少のコラトゥーラを使った料理がチェターラでは味わえます。レストランの各テーブルには薄口醤油のような色をしたコラトゥーラの入った瓶が置かれていて、自由に使えます。パンの上からたらたらっと垂らしてみたり、出された料理の味を一層ととのえるために少しかけてみたりという感じです。もちろん、厨房では味を決める主役として使われます。コラトゥーラをかけた肉厚のアンチョビ、コラトゥーラで和えたスパゲッティ・アーリオ・エ・オーリオはもちろんのこと、魚介のスープや魚介のパスタにコラトゥーラを隠し味に使ったり、新鮮なタコの炭火焼きにバルサミコとコラトゥーラを使ったソースがかけてあったりと、多彩な使い方です。日本でなら、イカとサトイモの煮物なんかの隠し味に十分利用できそうです。

 コラトゥーラの生産者は何軒かあるらしく、私はシェフ推奨の手作りコラトゥーラの店で何本かを土産に買って帰り、友人にも配りました。が、どうも皆さん、使い切れなかったようです。こんな食べ方ができそうです、ってアドバイスはしましたが、やはりハンディはあるでしょう。醤油のようには使いこなせません。日本人にとってもはやお馴染みとなったイタリア料理ですが、コラトゥーラが当たり前の調味料になる日は一体いつになるのか、大いに楽しみです。

アンチョビとコラトゥーラ
▲アンチョビとコラトゥーラ(醤油さしのようなものに入っている)

記事を書いた人:本多孝昭
京都大学法学部卒業。
イタリア文化の真髄に触れてみたいとの一心から独学でイタリア語を学び、現在は、日伊学院でイタリア語の文法や和訳を指導するかたわら、翻訳・通訳にもたずさわる。イタリア語通訳案内士。
著書に『MP3 CD-ROM付 本気で学ぶイタリア語』、『CD BOOK 本気で学ぶ中級・上級イタリア語』、『[音声DL付]例文と覚える イタリア語必須イディオム・連語1493』(ともにベレ出版)がある。

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