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イタリア‐「食」の魅力 第4回「モッツァレッラ」

著者 本多孝昭(イタリア語通訳案内士、イタリア語講師)

 語学を学習していると、食べ物や食べることに関して会話するときが、一番話しやすく会話も弾むと感じられたことってありませんか?イタリア語でいえば、mangiare(食べる)という動詞が一番使いやすいと思われたこと、きっとおありでしょう。

 「食」は、教養やプライドの鎧を取り払って無邪気に語り合える、我々すべてに共通する日常的な文化です。ですから、イタリアの「食」に対する興味が増せば、普段着の自分のままイタリア語をもっと楽しくスムーズに学習、会話できるのではないかと思うのです。

 そのような理由から、今回私はイタリアの「食」の魅力を、旅の思い出を通して語ることにしました。

カンパーニアのモッツァレッラ

 カンパーニア州もサレルノから南に下ると鉄道の便が悪くなります。鉄道を使って観光地に行く場合、一日で一か所程度しか回れないこともあります。そんなときは車を使うしかありません。今日はペストゥムとテヌータ・ヴァンヌーロに向かいます。サレルノからペストゥム、テヌータ・ヴァンヌーロまでともに50キロ、ペストゥム、テヌータ・ヴァンヌーロ間は鉄道だと一駅ですが、テヌータ・ヴァンヌーロへは駅から数キロ歩かなくてはなりません。やはり車が便利です。

 サレルノから、ティレニア海沿いを走る国道を南に下って行きます。出発してしばらくのあいだ、海岸通りの両側に延々と屋台が続きます。夏季限定だと思いますが、海水浴のバカンス客を当て込んだものでしょう。さらに進んで行くと、水牛を飼育する農場がちらほら見え始めます。実は、サレルノから南のペストゥム周辺には、水牛の飼育とその搾乳、そしてそのミルクを使ってのモッツァレッラチーズ製造を手掛ける農場がたくさんあるのです。その農場のことをテヌータ(tenuta)と呼びます。今回の目的は、ペストゥムの神殿を見物したあと、世界最高のモッツァレッラとの誉れ高いヴァンヌーロ農場を見学するというものです。

モッツァレッラチーズ製造農場の水牛
▲モッツァレッラチーズ製造農場の水牛

 ペストゥムは、考古学的にも極めて重要な古代ギリシャ神殿の遺跡です。円柱を備えた神殿がいくつも残っていて保存状態がすばらしい。とりわけネプチューン神殿は、36本の太くどっしりとしたドリス式の円柱で囲まれた見事な古代ギリシャ建築です。太陽の光があたると金色に輝くようにも見えます。私は、シチリア島アグリジェントのコンコルディアの神殿も見学しています。こちらもドリス式の円柱で囲まれたとても美しい姿の古代ギリシャ神殿ですが、柱の数は34本です。丘の上に立つ姿がとても印象的で、壮大さにおいてはネプチューン神殿が勝りますが、優美さにおいてはコンコルディアの神殿に軍配が上がるかもしれません。ドイツの詩人ゲーテは18世紀末、イタリアに長期滞在し、有名な「イタリア紀行」を残していますが、その中で彼は「この神殿(コンコルディアの神殿)とペストゥム神殿との関係は、神々の姿と巨人の像との関係にも似ている(相良守峯訳)」と書いています。

ペストゥム神殿
▲ペストゥム神殿

 テヌータ・ヴァンヌーロはペストゥムの近く、カパッチョという町にあります。敷地は広大です。事前予約をしておくと、見学にあたって3、40分ほどガイドが説明をしてくれます。お目当ては出来立てのモッツァレッラチーズと、水牛の乳製品を施設内で試食することです。今回は私ひとりのためにガイドをしていただくことになりました。

 まずは、モッツァレッラを実際に作っている工場の見学です。衛生管理が行き届いていて内部には立ち入ることができず、ガラス越しでの見学です。数人でチームを組んで熱い湯の中に浸かっている真っ白なチーズのかたまりを引きちぎりながら成形していく作業は眺めていて飽きることはありません。ここでさっそく出来立ての小さなモッツァレッラ(ボッコンチーノといいます)を試食することに。このひと口サイズのボッコンチーノは、口に入れ、噛んだ瞬間、中からジュワっと高純度のミルクが湧き出します。

モッツァレッラ生成過程
モッツァレッラを成形している様子
▲モッツァレッラを成形している様子

 次は、別棟に移動して水牛のシャワー、マット、搾乳マシンを見学です。水牛はいつでもシャワーが浴びられて、常時回転しているブラシに体を寄せて自分でマッサージをします。また、ストレスがかからないようにマットの上で体を休めます。搾乳コーナーには自動搾乳マシンがあって、常に作動しています。雌牛は自らの意思でそのコーナーに入り、人の手を借りず搾乳ロボットの操作に身をまかせて搾乳を終え、マシンの外へ出ていきます。雄牛はどういうわけかそのマシンの中へは入ろうとしないそうです。よくわかっているんですね。とにかく衛生的な環境です。続いては水牛の食事場所。有機飼料はかなり臭います。穀物や牧草などを発酵させて与えているようです。農薬とはまったく無縁です。そして最後は革製品を陳列した工房へ。う~ん、ちょっと複雑な気持ちになりますね。

食事をしている水牛
▲食事をしている水牛
水牛
マッサージ中の水牛
▲マッサージ中の水牛

 見学終了後はいよいよ試食です。水牛のミルクだけで作られたモッツァレッラは、正しくはモッツァレッラ・ディ・ブーファラと言います。ブーファラ(bufala)は雌の水牛という意味です。現地では、普通の牛乳で作ったモッツァレッラをフィオール・ディ・ラッテと呼んで、はっきりと区別します。水牛乳は、一般的な牛乳と比べて脂肪分が多く脂肪球が大きいことから、「コク」「濃厚さ」が際立ちます。いただいたモッツァレッラは、弾力はもちろん、今にも中からミルクがしみ出しそうで、ひと口食べれば口の中に水牛乳のコクと香りが広がります。それだけではありません。水牛乳のヨーグルトやジェラートも素晴らしい!透き通るような濃厚さと言えばいいでしょうか。ヴァンヌーロの商品はここだけでしか買えません。ここへ買いに来る人だけがその恩恵にあずかることができます。日本の老舗もそうですよね。素材にこだわり、大量生産せず、手作りにこだわる姿勢。美味しくて身体に優しくて、そして食べていて楽しくなる!これが一番です。


記事を書いた人:本多孝昭
京都大学法学部卒業。
イタリア文化の真髄に触れてみたいとの一心から独学でイタリア語を学び、現在は、日伊学院でイタリア語の文法や和訳を指導するかたわら、翻訳・通訳にもたずさわる。イタリア語通訳案内士。
著書に『MP3 CD-ROM付 本気で学ぶイタリア語』、『CD BOOK 本気で学ぶ中級・上級イタリア語』、『[音声DL付]例文と覚える イタリア語必須イディオム・連語1493』(ともにベレ出版)がある。

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