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  • 著者のコラム

独語教師の独り言 第1回―教師の発音

著者 森 泉(ドイツ語教師)

西欧の風景に映し出された語学教師の心の風景、ことば、教育をめぐる私の独り言、4回にわたって思いつくままに語ります。

猫

良き発音は教師の条件

美しく魅力的な発音ができることは語学教師にとって実に大切な条件である、と言ったのは確かスラブ語研究者の黒田龍之介氏と記憶する。当たり前のことを言っているようだが、これがなかなか難しい。正しい発音をするだけでも苦労するのに、さらに美しく魅力的に発音しなければならないというのだ。要するに教室で教師の発する言葉を耳にして、「ああ〇〇語っていいな!」と感じてもらおうということである。

これは実は教師の声の質にも左右される。私は声が良くないので、その点は諦めざるを得なかったが、それでも発音だけはかなり努力した。元々お喋りな性格なので、それが幸いしてか、それなりに上達し、大学院時代には先輩から褒められたこともある。それが多少の自信にもなり、教師になってからも発音自体にはそれほどのコンプレックスを感じないですんだ。ところが数年経って学生から時々クレームが出るようになった:私の発音が聞き取りにくいので、質問が分からない、というのである。

一つには私が早口で喋る傾向があったせいもあるが、それ以上に私がネイティヴスピーカーっぽく(カッコつけて)喋ろうとしたのが原因と気付いた。簡単に言えば、いかにもそれらしく発音されてはいたが、きちんと発音されてはいなかったということである。これには足元をすくわれる思いがした。

より良き発音を目指して・・・

発音にまつわるドイツ滞在中の経験を一つ。ワンマンバスに乗る際は、運転手に行き先を告げなければならないが、ここで理解してもらえないことがある。直前に乗り込んだ小学生の言葉は難なく理解されるのに、そのあとに乗った私の言葉は通じないのである。再度ゆっくり・しっかり発音してOKとなる。独語教師としては実に情けない思いがした。

考えてみると、私のドイツ語はしっかり運指もできていないのに速度を上げてピアノを弾くようなもので、私の発音には底力がないと悟った。教室での反応とドイツでの体験から、発音に関して「正しく」「美しく」「魅力的に」という要請に「きちんと」が加わり、また一つハードルが高くなった。以来、教室でもできるだけ明瞭に発音するよう心がけることにしている。

このドイツでの体験には後日譚がある。知人に小学校の教員がいたので、ドイツ滞在時、折々教室を訪ねて参観させてもらった。これは日本でも同じであろうが、生徒にはゆっくり、しっかりと音読させている。それも極端な位にアクセントをしっかりと付け、アーティキュレーションを明確にして、感情を込めて読ませるのである。こうやって言葉の訓練を受けるからこそ、小声で早口に言っても、バスの運転手にはしっかりと聞き取れるに違いないと妙に納得したのであった。

ドイツの街並み

記事を書いた人:森 泉(もり いずみ)
ドイツ語教師歴30年以上。
カフェと万年筆を愛するアナログ派。座右の銘は「まずお茶を一杯」。
Leica倶楽部会員。慶応義塾大学名誉教授。
著書に『しっかり身につくドイツ語トレーニングブック』
『場面別ディアロークで身につけるドイツ語単語4000』(ベレ出版)

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