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【ドイツを想う】第1回 どこでドイツを感じるか ~ドイツの空気~

著者 宍戸里佳

 私がドイツに住んでいたのは、1歳から小1までの5年半と、小5から中3までの4年間、それに大学卒業後の6年半です。合計すると、16年。つまり32歳の誕生日までは、「人生の半分以上がドイツ生活」という状態だったわけです。(それ以前、中3の途中で帰国してから19歳の誕生日を迎えるまでも、同様です。)

 そんな私が「ドイツ」と聞いて思い起こすことは、まず第一に「ドイツの空気」です。ドイツの写真を見たり、テレビでドイツの景色を見たりすると、肌が反応し、かつて自分が包まれていた「ふるさと」の空気を思い出すのです。

 具体的にどのような空気かというと、まずは街の様子。日本(特に東京)とは、建物や道路が違います。横浜の歴史的建造物や、東大の本郷キャンパスなどを見ると、多少はドイツらしさを感じ、懐かしくなりますが、銀座や新宿を歩いていても、それは感じません。

 建物については、中3までに過ごしたのがドイツ北西部のデュッセルドルフという街だったので、このときに植え付けられたイメージが、私の中に色濃く残っています。全般的に暗い色調で、5~10階建てほどの建物が車道沿いに並んでいる。あるいは、歩道が幅広く取られ(優に4~5人は並んで歩けるくらい)、車道側に背の高い並木が植わっている。こんな風景が、私の原点です。

 道路も、ふだん何気なく歩いている日本の道路とは違って、やはり色が濃い気がします。同じアスファルトのはずなのに、なぜか落ち着いた色合いに見えるのです。さらに、歩行者が歩く部分は石畳になっていることが多く、こちらは石そのものが濃い色に見えます。

ケールハイム(南ドイツ)
▲ケールハイム(南ドイツ)。建物の色は明るいが、石畳の色は暗い。

 このように、街全体から受ける印象が日本とは全然違っているので、写真を見るだけでその様子を「空気」そのものといっしょに思い出す、というわけです。(ちなみに、映画などで建物の内部を見たときにも「空気」がよみがえってきます。ドアの材質や取っ手の形状、窓枠などが、そのきっかけになります。)

 この「空気」を最初に認識したのは、大学1年のときの夏です。中3で帰国して以来、4年ぶりにヨーロッパに渡ったのですが、街のどこにいても空気が懐かしいことに衝撃を覚えました。ヨーロッパ特有の乾いた空気が、肌にしみ込むようにまとわりついてきて、「そうだ、この空気だ。この空気の中で、私は育ったのだ」と、しばし童心に返ったのでした。(ドイツではなく、隣国のルクセンブルクでしたが。)

 とはいえ、目から入ってくる情報は重要です。石造りの建物や石畳の道路、広々とした空間などに加えて、ドイツは「緑」も違います。ドイツにも四季があるので忘れてしまいがちですが、日本に比べるとだいぶ緯度が高いので、生えてくる植物が同じではありません。留学していたのはドイツ南西部のマインツでしたが、ここに北緯50度線が走っています。(市中心部の歩道に、プレートが埋め込まれています。)

 ドイツの緑は、こちらも色が濃いです。植生でいうと、北海道と似ているのかもしれません。庭などの植え込みから何気なくはみ出た葉が、濃い緑色をしているのです。(日本でもたまに似たものを見かけると、うれしくなります。)

マインツで住んでいたアパート
▲マインツで住んでいたアパート(右側の建物)の前庭。左下や右側に見える緑が、特に濃い。

 空気は緑から作られます。緑が違うから、空気も違うのかもしれません。もちろん、大陸性の気候や太陽の光線や地形など、ほかにも要因はあるのだと思いますが、私にとってのドイツの空気は、建物と道路と緑。これらと密接に結びついた記憶となっています。

 ときどき日本でも、奇跡のように「ドイツ」を感じる日があります。1年に1回あるかないかの頻度ですが、空気が澄み渡り、太陽の光線が強すぎず弱すぎず、絶妙な加減で緑の間を通り抜けます。そんな日には、一日に何度も外を眺めて、肌にドイツを感じるのです。

9月下旬のドイツ郊外
▲9月下旬のドイツ郊外。この光の具合こそが、ドイツを感じる「空気」。

記事を書いた人:宍戸里佳
桐朋学園芸術短期大学非常勤講師(音楽理論)、昴教育研究所講師(ドイツ語)。専門は音楽学。
著書は『英語と一緒に学ぶドイツ語』『しっかり学ぶ中級ドイツ語文法』『他言語とくらべてわかる英語のしくみ』(以上、ベレ出版)、『大学1・2年生のためのすぐわかるドイツ語』(東京図書)、『基礎からレッスン はじめてのドイツ語』(ナツメ社)など。

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