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  • 著者のコラム

独語教師の独り言 第4回―郵便の話

著者 森 泉(ドイツ語教師)

西欧の風景に映し出された語学教師の心の風景、ことば、教育をめぐる私の独り言、4回にわたって思いつくままに語ります。

日独交流150周年の切手

ホルンはドイツ郵便のシンボルで、このロゴは日本でも意外に知られている。古くヨーロッパで郵便配達夫が吹いていたホルンに由来し、郵便のシンボルとして使われているのはドイツに限らない。ドイツ滞在中はずいぶん郵便局のお世話になったので、このロゴを見ると懐かしい気持ちに襲われる。日本でも個人住宅のポストにこのマークが付いていることがあって、ドイツ製かな?と思いちょっぴり嬉しくなる。

懐かしのドイツ連邦郵便

ドイツでも大きな町の中心となる郵便局は、それなりに立派だ。都合3年ほど滞在したA市の中央郵便局も環状道路に沿って扇型に建てられた古風で堂々たる建物である。正面階段を上ってホールに入ると正面には幾つもの窓口が並んでおり、その他、長距離電話用のボックスや利用者が小包を作ったりできる作業スペースなども見える。

律儀そうな男女が淡々と郵便物を処理している姿は日本も同じである。ただし、みな私服で制服姿やネクタイ姿は見当たらないところが日本とは違う。中には派手な服装の人がいるにもかかわらず、全体として郵便局員然とした雰囲気を漂わせているのは、この薄暗く古めかしい建物の影響があるのかもしれない。たまにはジョークを飛ばす陽気な局員にも出くわすが、多くはお役所的な落ち着いた応対である。

郵便局はよく利用した。郵便物を送るのが主であったが、私はその頃宿舎に電話を引いていなかったので、日本に電話をかけに行くことも度々あった。街中の公衆電話から国際電話をかけることも可能であるが、大量の小銭が必要となるので郵便局を利用することが多かった。ここであれば、窓口でその旨伝えて、指定のボックスに入り、話終わった時点で窓口に行って料金を支払えば済む。切手を買うとき、局員が記念切手を収めた大判の切手帳を取り出し、どれにするかと聞いてくれることもあった。80年代後半のことで、これが私にとってドイツの郵便局の原風景である。

チョコレート

民営化の時代

ドイツ再統一を経てドイツ連邦郵便はドイツ郵便になり、90年代半ば以降民営化の道を歩み始める。2000年代になってから、かつて住んでいたA市を訪れる機会があった。民営化でドイツの郵便局も変わったと聞いていたので、ある日の午後出かけてみることにした。町の中心部でバスを降りると、郵便局の建物は以前と変わらぬ威容を見せていたので一安心である。昔通り正面の階段を上ってドアを開ける。

愕然とした。内部は大きく改装されており、重厚だった内装は、今や明るいモダンな雰囲気を漂わせ、馴染みの郵便スペースは大きく削られて、その時の印象では1/4くらいに縮小されてしまったように見えた。しかし、それ以上に驚いたのは、作業に使われていたはずの中庭が大きなフランス系のスーパーマーケットになっていたことである。余りにショックだったので、そのスーパーに入ってみる気にはならなかった。しかし、ある町では使われなくなった石造りの教会がディスコになったなどという話を聞けば、これなど驚くには値しないのかもしれない。

同じ頃に里帰りしたドイツ育ちの友人が、久しぶりに郵便局に足を踏み入れたところ、「何かお手伝いしましょうか?」と以前では想像もできないコンパニオン風の女性が現れたので大層びっくりしたそうだ。切手が欲しい旨を告げると、近くの自販機を教えてくれた。ところが自販機が従来のものとは違うのでまた混乱。私も知っている以前の自販機は、各料金の切手が表示されているボタンを押すと出てくる仕組みである。ところがそのような図柄もボタンもない。再度聞くと、希望の料金を打ち込めば切手が印刷されて出てくるのだという。これまた驚きであったらしい。

民営化してから、郵便局の数は減り、郵便物の回収頻度も減り、聞く限りでは評判もあまり良くない。郵便の衰退は日本以上かも知れない。ドイツの知人からの便りは、ほとんどがメイルに置き換わり、郵便物を受け取る機会は減った。郵便好きの私としては実に寂しい思いがしてはならない。


記事を書いた人:森 泉(もり いずみ)
ドイツ語教師歴30年以上。
カフェと万年筆を愛するアナログ派。
座右の銘は「まずお茶を一杯」。
Leica倶楽部会員。慶應義塾大学名誉教授。
著書に『しっかり身につくドイツ語トレーニングブック』『場面別ディアロークで身につけるドイツ語単語4000』(ベレ出版)

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