2003.12.01 著者のコラム 数学が解き明かした物理の法則大上 雅史 皆さんは、ニュートンは何をした人だと思っていますか。 万有引力を発見した人、あるいは運動の法則を提案した人、あるいは微分積分を発明した人、というイメージをもっておられるでしょう。 しかしこのどれも、間違いとは言えないまでも、あまり正確な言い方でありません。彼自身が本の中で書いているように、どれも同時代の人々が何らかの形で提案していたことです。彼自身の最大の貢献とされているのは、万有引力の法則を使って、惑星の軌道が楕円になるのを証明したことです。これは、自然界の現象を数学によって厳密に説明するという近代科学の出発点になりました。 といっても彼は、現代の我々が知っているような数学(微分や積分)を使ってそれを証明したのではありません。微分・積分の発明に彼が大きな貢献をしたのは事実ですが、この天体の問題には、彼はこの手法を使いませんでした。いったい彼はどのようにして証明したのか、この本の最初の部分では、自然科学の古典中の古典とされる彼の著作『プリンキピア』にしたがって、他の本を見ないでも理解できるよう、できるだけわかりやすく解説してみました。彼のオリジナルな方法は現在の力学の教科書ではほとんど触れられることがないので、楽しんでいただけると思います。 運動の法則は、ニュートンの時代のものから20世紀の量子力学へと、大きな変貌をとげました。この本ではその発展を、「最小作用の原理」という考え方を軸にして解説していきます。 物質を構成する素粒子の1つである電子を考えてみましょう。電子といえば小さな軽い粒子を想像されるかも知れませんが(間違いではありません)、電子は波のような性質を示すこともあります。そのことを説明する理論が量子力学です。電子だけでなく、陽子や中性子など他の粒子も波の性質をもち、量子力学の法則に従います。 さて次に、身近な野球のボールを考えてみましょう。これは電子などよりはるかに大きくて重い「粒子」ですが、電子などが集まってできています。そうしたボールを構成する粒子の1つひとつが量子力学の法則に従うならば、ボール自体も量子力学に従って振る舞うと考えるのが自然ですね。そして実際にそうなのです。 たとえば、投手が投げたボールがキャッチャーのミットに収まったとしましょう。私たちはふつう、ボールは決まった1つの経路を進む、と思っています。 でも本当は(ちょっと驚かれるかも知れませんが)、1塁ベースの付近を通る経路や、上空までの上がったあとで落下してくる経路など、ボールはあらゆる経路を通ってやってくるのです。 量子力学によるとボールは複素数の波で表されます。あらゆる経路を通ってやってくる波の効果をすべて足し合わせて考えると(波の干渉といいます)、あたかもボールは、(ニュートンの理論が予言する)1つの経路を通ってくるかのように見える、というのが、現在の量子力学による説明です。 量子力学や相対性理論というと、高度な別世界の理論だと思われがちなのですが、これらは実は、ボールの運動などの身近な現象も(ニュートンの理論よりもさらに正確に)説明する理論なのです。この本では、こうした物理の理論を理解するのに必要な数学(すべて、数学の中の宝石と呼べるような美しい数学です)をなるべく易しく、しかし本質を省略せずに説明するよう試みました。どのような順番で読んでいただいても構いません。美しい数学のエッセンスを知ることで、ニュートンに始まり相対論・量子論に至る物理の理論をより深く理解し、身の回りの現象の背後に隠された深い意味を味わっていただきたい、というのが著者の願いです。 関連書籍 数学が解き明かした物理の法則 現代社会の隅々で活用されている代表的な四つの物理法則を、その発想の元になった数学の理論から説き起こして構造的に解説。 大上雅史、和田純夫数学 物理