2005.11.01 著者のコラム MBA English 経済・会計・財務の知識と英語を身につける内之倉礼子 私が初めてネイティブの英語に触れたのは隣に住んでいたアメリカ人夫婦からでした。彼らはとてもフレンドリーで、幼稚園児の妹や私に話しかけてくれましたが、私たちには何を話しているのか全然わかりませんでした。大人には彼らの話していることがわかるのかと思いましたが、英語はアメリカ人の話す言葉だから日本人にはわからないといわれてしまい、こんなにいい人達なのに会話ができないなんてつまらないと思ったものです。 また近くに米軍の横田基地があったことから、私の通っていた幼稚園にもアメリカ人の女の子が2人通園していました。ところがある夏の日、彼女たちの両親がやってきてアメリカの学校に入るので今日限りでこの幼稚園から転校するといって彼女たちを連れて行ってしまいました。 子供心に“4月に新学期が始まったのに、どうして7月でやめてしまうのだろう”と思った事を覚えています。後で担任の先生からアメリカの学校は9月から新学期が始まるので、7月に転校する必要があったことを聞かされました。髪や目の色そして言葉が違うだけでなく学校も違うのかと不思議に思いながらも、アメリカや英語に関しての興味がどんどん膨らんでいきました。 小学校の高学年になると私の英語に対する興味はどんどん広がり、英会話を覚えてネイティブと会話することを夢見るようになりました。幸い私の両親は、惜しまずに英語の教材を買い与えたり知り合いの方に頼んで家庭教師をお願いしたり英会話学校に通わせてくれました。ですから、私にとって英語の勉強は中学にあがるまでは楽しいものだったのです。しかし私たちの多くが経験したように、私の受けた中高の英語教育は文法中心の詰め込み教育で、進学するためにはただ機械的に単語の意味を覚える、もしくは文章の書き換えの練習のみで会話など習った記憶がありません。唯一覚えているのは英会話学校で習った英語の歌でした。 中高と進むにつれて私の中で英語の勉強がどんどんつまらないものになっていきましたが、映画を観たり本で外国の記事を読んだりするたびに、字幕なしで映画が観たい、英語を話せるようになりたいという思いは募っていきました。その後、進学、就職と英語の勉強から離れている時間がありましたが、何年間も英語をマスターしたいという思いがあったので英語にかかわる本を片っ端から買い集めて読んだり英会話学校に通ったりしていました。しかし一向に話せるようにならないので、所詮日本人が英語を身につけるのは無理なことと自分をごまかしたり、留学さえできれば英語を話せるようになれるのにと言い訳を探していました。 そしてまた何年かの時が過ぎ、念願の留学の夢がかなう日がやってきました。これが最後のチャンス、これで英語をマスターできると希望を胸にカナダのトロントにやってきましたが、これから忍耐と挫折の日々が待っているとはそのときは思いもしませんでした。カナダでの最初の何ヵ月かは、何もかもが新鮮で刺激的で、ここにいれば、留学さえすれば英語を身につけるのは時間の問題と本気で思えたものです。 1年もカナダにいれば英語も相当上達するだろうと思っていたのに、半年を過ぎても一向に上達しない英語力、ネイティブと流暢に会話もできない自分にだんだん焦りが募ってきました。そうです、私はまだ留学さえすれば何とかなるという架空の夢にすがりついていたのです。英語を話すのも聞くのも他の誰でもない私であって、自分のいる環境が私に英語力を与えてくれるのではないと本気で気がついたのは、もうすぐ留学して1年という頃でした。その頃やっと会話だけを勉強していても上達しない、英語を覚えるには、英語で何かを勉強しなければいけないことに気づき、本来なら日本に戻る予定でしたがこのままでは日本で職を探すこともできないという思いと、また母の強い勧めもあって大学に入ることを決意しました。 それから大学に入るために一生懸命勉強したので、授業にはついていけるだろうと思ったのですが、いざ講義が始まってみると毎日でる山のような宿題、レポート、グループプロジェクト、プレゼンテーション、そしてテストと目の回るような忙しさで、いつでもどこでも教科書を片手に、1分でも時間があれば勉強の時間に当てるという毎日が続きました。しかし英会話力はというと思った以上に上達していませんでした。久しぶりに日本に戻れば、“大学に入ったんだから英語はもうペラペラでしょう”といわれるものの、カナダでは“あなたの英語はわからないから英語のちゃんと話せる人に代わりに電話してもらって”と言われたり、大勢での会話で、意味がわかっていても話題に入っていくタイミングがつかめずに黙ってうなづいていると、“さっきから黙ってるけど話してることわかるの?”と聞かれ、“わかる”と言うと、“わかるなら何か言ったら! あなたには何も意見がないわけ!”と言われる日々がしばらく続きました。 このような経験から、ただ授業を受けているだけでは受身になってしまっているから会話力が上達しないんだと思い、大学内の様々なグループ活動に参加することにしました。それからは、毎日の授業、ボランティア活動、そして家庭教師や他のパートタイムの仕事を掛け持ち、自分でもよくここまでがんばれたと思うような日々が続きました。友達からは“Ayako is a superwoman. You never sleep, do you? ”とよく言われましたが、あまりの忙しさと睡眠不足から、めがねをかけたままシャワーを浴びて顔を洗っていたり、立ったまま気がつくと眠っていたりといったエピソードは数えたらきりがありません。 ですから、この本はそのような狂気の日々から生まれたと言っても過言ではありません(笑) 卒業後も会計学の勉強の日々は続きましたが、死に物狂いで英語でビジネスを学び、ボランティア活動やパートタイムの仕事を通して生きた英語を学んだことから、必然的に英語力を身につけることができたといえます。 英語を勉強している皆さん、是非英語で自分の興味のある分野を勉強してください。そして英会話を勉強することを目標にしないでください。この本を読んで経済や財務会計の分野に興味を持ったなら、英語でこれらを勉強してください。必ず報われる日がやってきます。 関連書籍 MBA English 経済・会計・財務の知識と英語を身につける グローバル・ビジネスで通用する[知識]と[英語力]を体系的に養う 内之倉礼子ビジネス英語