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  • 著者のコラム

格言で学ぶラテン語 #4

今日の花を摘み取れ。
Carpe diem.
カルペ・ディエム
  ホラーティウス、『詩集』(Carm.1.11)

著者 山下太郎

 ラテン語は格言の宝庫です。格言は浜辺で見つける貝殻のようなもので、格言に親しむことは、その貝殻を眺めながら目の前に広がる海に思いをはせるのと似ています。ラテン語の海とは、ウェルギリウスやキケローをはじめとする二千年前のローマの古典作品の数々です。ひとつ一つの格言を丁寧に読み解くことで、背後に横たわるヨーロッパ文学の母胎(マトリックス)に思いをはせていただけたらと願います。

 日本でもよく知られたラテン語で、「カルペ・ディエム」とカタカナ表記されたり、「一期一会」と訳されることもあります。元々は恋愛をモチーフとしたホラーティウスの詩に出てくる言葉です。短い詩なのでその内容を訳で紹介しましょう。

神々がどんな死を僕たちに与えるのか、レウコノエ、そんなことを尋ねては
いけない。それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビュロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によってテュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。酒を漉(こ)し、短い人生の中で遠大な
希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、意地悪な「時」は
足早に逃げていってしまうのだから。
今日の花を摘み取れ(カルペ・ディエム)。明日が来るなんて、ちっとも
あてにはできないのだから。

 この詩を貫くのは「今を楽しめ」というモチーフで、「カルペ・ディエム」もその文脈で理解することができます。ラテン語の直訳は「日を(diem)摘みなさい(Carpe)」となり、「今日の花を摘み取れ」はその意訳です。

 「カルペ」は「摘む」を意味する動詞(carpō)の命令法で、「摘みなさい」と訳せます。「カルペ」と聞けば、当時のローマ人なら次に何か花の名前が続くことを期待したでしょう。たとえば、「バラを(rosam)摘みなさい」であれば、Carpe rosam.となります(rosamはrosaの単数・対格)。ところがこの詩の場合、「一日」を意味する「ディエム」(diem)が目的語になります。このとき「一日」と「花」がイメージの上で重なり、「一日を花とみたてて生きよ」というメッセージをくみ取ることができるでしょう。

 詩の中に出てくる若い男女は、花畑で花を摘み愛でる者たちのようです。何気なく過ぎゆく毎日をいわば花畑の花々とみなし、花の一本一本を愛おしむように日々を愛すのがよい、という意味が込められているようです。このとき「カルペ・ディエム」は人生の美しさそのものを味わうよう誘う言葉と受け取れるでしょう。ホラーティウスは「人生の長い、短いに執着するな。かりに今日一日しか生きられないとしても満足できる生き方を選ぶがよい」と述べているように思われます。

 「今を楽しめ」のメッセージは「死を思え」というメメント・モリ(Mementō morī)のモチーフと表裏一体です。mementōは「覚えている、心に留める」を意味する動詞(meminī)の命令法です。morīは「死ぬ」を意味する動詞moriorの不定法・現在です。「自分がいつか死ぬ存在である」という事実を胸に刻んで生きよ、という意味で用いられます。

【ラテン語解説】

■ Carpe : carpō,-ere(摘む)の命令法・能動態・現在、2人称単数。
■ diem : diēs,-ēī c. (日)の単数・対格。


記事を書いた人:山下太郎
ラテン語愛好家。1961年京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程学修退学。専攻は西洋古典文学。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。問い合わせ先 https://aeneis.jp

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