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「社会人」に一休み、中国留学してみれば 第4集

著者:林屋啓子

初めての春節

中国のお正月である春節は、伝統的に家族で過ごす日です。初めての春節、私は中国人の姉弟に招待され、彼らの故郷で過ごすことになりました。姉の娟(Juān)ちゃん、弟の南(Nán)君は日本で研修したことがあり、特に娟ちゃんは日本語が得意です。私は北京から500キロほど南下した世界遺産「泰山」のお膝元、山東省泰安市に向かいました。

伝統を受け継ぐ暮らし

彼らの家は伝統的な建築様式で、敷地は高い塀で囲まれています。門をくぐると中央が庭、周りに平屋の建物が配置され、それを3家族で分割しています。ガスや水道はなく、浄水はバケツに汲み置きし、排水も外に捨てに行きます。料理はストーブの上、ゴミを燃やすのもストーブです。トイレは建物と塀の隙間で、地面に足を乗せる細い台が2本あるだけです。囲いがないので、曲がり角手前での咳払いがノックの代わりです。夜は真っ暗で、私は懐中電灯がないと「星空トイレ」に行けませんでしたが、みんなは位置感覚が完璧のようでした。

一家のお父さんは小柄で優しく、子供のような笑い声が印象的です。お母さんは働き者、ミシンで衣料品を作り、大きな台車付きの自転車で売りに行かれます。娟ちゃんは快活で南君は穏やか、こんな仲の良い家族にあたたかく迎えられ、いよいよ春節シーズン突入です。 

お父さんと娟ちゃん
お父さんと娟ちゃん
ミシンで仕事をするお母さん
ミシンで仕事をするお母さん

会社見学のはずが……

翌朝、娟ちゃんが会社見学の段取りをしてくれました。研修生に外国語教育を行い、海外に送り出す会社だそうです。日本語クラスは初級30人、上級40人で、私は「上級クラスで簡単な挨拶をしてほしい」と頼まれました。突然教壇に立つことになりドキドキしながら自己紹介をしたところで、聞いている彼らも「初めての日本人」に緊張しているのだと気づきました。教室が静まり返っているので、私は少し日本のお正月の紹介をすることにしました。私がゆっくりした日本語で話し、娟ちゃんが中国語に訳すのです。

すると先生が初級も参加させることに決め、教室は満員になりました。私が黒板に鏡餅や振袖の絵を描いてから説明を始めるので、みんなは何の絵になるのか推理をしたり口々に質問したり…結果的に1時間半のにぎやかな交流会となりました。別れ際、一緒に何枚もの写真を撮りながら、私は彼らの日本での生活が楽しいものであるよう願わずにはいられませんでした。

学校での集合写真
会社見学

 さあ、年越し

大晦日は朝からかぼちゃ型の赤い提灯を組み立て、吉祥の切り紙を貼り、お正月料理を作っていきます。外のストーブも料理に使いますが、とにかく寒いので完全防備が必要です。ただ、誰もが新年を迎える高揚感にあふれています。私も料理や飾り付けを手伝い、夕方には縁起物の魚や鶏などを使ったごちそうが並びました。正月料理は「年夜飯」と呼ばれて大晦日から食べ始め、徹夜で新年を迎えるのです。夕食後は可愛い餃子を何百個も包みます。中国北方の新年には水餃子が不可欠ですが、破けると縁起が悪いので、手早く丁寧に作らなくてはいけません。 

組み立てた提灯
組み立てた提灯と南君
お正月の「年夜飯」
お正月の「年夜飯」
餃子を作るところ
餃子作り

そのうち、外から破裂音が聞こえてきます。都会では禁止されていますが、他の地域の人々は打ち上げ花火や爆竹をたっぷり買い込んでいます。0時になると先祖にお供えをし、南君が軒先に吊り下げた千連発の爆竹に火を点けました。すると、ものすごい勢いで爆竹が弾け出し、私たちは大慌てで家に逃げ込みました。爆音とともに蛇のようにうねる真っ赤な爆竹を、みんな息を詰めて見守ります。これならどんな厄も払えそうです。 

花火(左)と爆竹(右)
花火(左)と爆竹(右)

後から娟ちゃんが意外なことを教えてくれました。最初、彼らは心配だったというのです。「日本の女の子が伝統的な家に馴染めるのかが不安で、掃除もしたけどあんまり変わらなかった。だから啓子が普通に溶け込んだのを見て、みんなほっとしたんだよ。」そんな心遣いをされていたとは!今回、家族のように迎え入れてもらったことに、改めて胸が熱くなりました。

留学生はこんなふうに少しずつ経験を増やし、成長していきます。これからどんな人に出会いどんなことが起こるのか、また改めてお話しますね。


林屋啓子(はやしや けいこ)
社会人になってから中国語に興味を持ち、仕事を辞めて中国で2年半の留学生活を送る。北京語言大学卒業後は中国語学習雑誌『中国語ジャーナル』(アルク)の編集を8年にわたって担当。また、中国語学習書・教材の企画、制作、編集、校正などを数多く手掛ける。著書に『「社会人」に一休み、中国留学してみれば』(文葉社)、共編著に『選抜!中国語単語 常用フレーズ編』(相原茂 朝日出版社)がある。

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