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  • 著者のコラム

言葉は話すためにある ー勉強だけではもったいない! #4

第4回 現地語を話せたことで乗り切った危機

著者 青木隆浩(言語学者)

(前回までの記事はこちら)
第1回 内モンゴルで出会った日本とのつながり
第2回 モンゴル国への旅行で感じたカルチャーショック
第3回 語学の学び方 ~料理店で「模擬海外旅行」~

1.多民族国家カザフスタンへの旅

 2009年の真冬、かねてから興味のあった中央アジアのカザフスタンを訪れました。
 カザフスタンはシルクロードの中継地点で、さらにモンゴル帝国の遠征ルートでもあったため、東西の文化が混ざり合う場所です。また、かつてはロシアに支配され、旧ソ連の解体時に独立を果たしたという歴史があります。そのため、カザフ人の友人によると「カザフスタンに典型的な顔立ちは存在しない」そうで、カザフ人、ウズベク人、ロシア人など様々な民族が暮らし、人口の約7割を占めるカザフ人にも、日本人そっくりの人もいれば、掘りが深くてトルコやイランに近い顔立ちの人もいます。家族内で顔立ちが異なることもしばしばで、知人のお嬢さんは日本人そっくりなので「イポンカ(ロシア語で日本人女性)」というニックネームで呼ばれていました。

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リンゴのモニュメント
カザフスタンの旧首都アルマトイは「リンゴの里」の意味
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カザフスタンの友人と
カザフスタンは旧ソ連時代にロシア化が最も進んだ国の一つで、彼女の母語もロシア語

2.警察と汚職

 事前に調べたガイドブックには、中央アジアは警察の汚職が多く、外国人に「регистрация(レギストラーツィア:英語のregistration、すなわち登録と同じ語源)はしているか?」と声をかけ、していないと「違反だ」として「罰金」を徴収する手口が横行していると書かれていました。
 「レギストラーツィア」は外国人登録で、旧ソ連時代には短期旅行者にも登録が義務付けられていたそうです。現在はビザ取得の際に同時に登録されるため手続きの必要はありませんが、事情を知らず言葉のわからない外国人をカモにして「罰金」を徴収してはポケットに入れるのだそうです。

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第二次世界大戦の対ドイツ戦で戦死した兵士を追悼する「パンフィロフ 28 戦士公園」
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公園内にたたずむロシア正教会「ゼンコフ正教会」
1904年に建てられた木造建築だという

3.命の危険を感じた恐怖の職務質問

 滞在中、ウズベキスタンとの国境の町シムケントを訪れました。夜に駅のキオスクで買い物をし、女性店主と談笑していた時のことです。
 体格のいい男性警察官が、私が日本人であることを聞きつけると恐ろしい剣幕で「こっちに来い!」と怒鳴りつけ、私は駅舎の裏へ連行されました。街灯もない真っ暗な中、小さな小屋に入ると、薄暗い電球の下、力士のような体格で強面の男性警察官がドスンと鎮座していました。
 「パスポートを出せ」と命じられた時、私は「ここで人生の終わりを迎えるのかも」と覚悟しましたが、せめてカザフ語をたくさん喋っておこう、渡航前にせっかく苦労して覚えた努力を無駄にしたくないと思い、知っている単語と片言のフレーズを必死で並べ立てました。
 すると、強面の警察官が「おお、カザフ語を喋るのか!」とゲラゲラ笑い出し、「どれぐらい滞在するんだ?」「カザフスタンはどうだ?」などと興味津々で聞いてきたのです。私は第一印象とのギャップに拍子抜けしながらも、懸命に答えました。しばらくやり取りをすると、彼は笑いながらもドスの利いた声で「良い旅を」と言い、敬礼をして解放してくれました。私はドキドキしながら暗い小屋を走って後にしました。
 駅舎に戻るとキオスクの店主が、「大丈夫だった? ごめんなさい。日本人だなんて、私が余計なことを言ったもんだから……」と心配そうに声をかけてくれました。
 ちなみに、帰国前の空港でも同様の手口で警察官に呼び止められたのですが、やはり片言のカザフ語を喋ると彼らは面白がり、しばらく私をいじって満足したのか解放してくれました。

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世界遺産のコジャ・アフメト・ヤサウィ廟
12世紀頃イスラム教を中央アジアに広めたヤサウィを祭る
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モンゴル帝国に滅ぼされたというオトラル遺跡

4.芸は身を助く

 このとき、私はたとえ少しでも現地の言葉を学んでから旅をすることが、どれだけ自身の助けになるのかということを体感しました。物おじせずに現地の言葉で話しかけることで、人々に受け入れてもらえるのです。
 今や自動翻訳アプリ等も発達し、意思疎通自体は簡単にできるようになりました。ただ、学ぶ楽しさや自分の言葉で相手と直接心を通わせる喜びは、自ら語学を習得することによってのみ得られる醍醐味だと思います。

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中国の大手銀行アルマトイ支店
中国はカザフスタンにとって最大の貿易相手国
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チューリップはカザフスタンの国花


 いかがでしたでしょうか。たとえ片言であっても、話ができれば相手との距離がぐっと近くなります。皆さんの外国語学習と異文化交流が充実したものになることを願ってやみません。


青木隆浩(あおき・たかひろ) 東京外国語大学大学院修了。桜美林大学孔子学院講師。高校より中国語を学び、在学中に日中友好協会主催のスピーチコンテスト全国大会で優勝。また、中国政府主催の漢語橋世界大学生中国語コンテスト世界大会で最優秀スピーチ賞受賞。北京語言大学に3年間留学。
著書に『ひとりで学べる中国語 基礎文法をひととおり』(共著)、『基礎から学ぶ 中国語発音レッスン』(ともに小社刊)、『マンガで身につく!中国語』(共著、ナツメ社)などがある。

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