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  • 著者のコラム

すぐそこの異文化 北海道に暮らすあるブルガリア人から #2

第2回:Grammar in 北海道

著者 コチェフ・アレクサンダー

(前回の記事はこちら)
第1回:Why北海道?

 今回は、北海道のことば、「北海道弁」の話を少しします。方言という分野は多くの学者に研究されていますが、方言と言語の違いに関する明確な言語学上の定義は確定していないようです。つまり、どこまでの違いなら方言と定義して、どこからが別の言語か、という分類は恣意的なものと見られます。ことばをめぐるそういった議論は、時には外交や政治の問題にすらなったりしますので、言語学者たちは国境を超える言語や方言の比較には神経を使うに違いありません。北海道弁は日本国内のことがらなので、幸いにして、そういった意味で論じやすい領域です。

 前回 お話しましたように、北海道は日本の縮図として見ることができます。150年以上にわたり日本各地から人が集まってできた社会ですので、ある意味「日本の中のアメリカ」といった性質を持っています。こと言語に関して考えると、北海道の方言は様々な地域の影響を受けているので、定義・説明が簡単にできる方言ではないことが特徴の一つです。道内の人は、北海道の言葉は標準語に近く、自分たちは方言をあまり使わないとよく言います。また、近年札幌でコールセンター産業が大きく育った理由の一つは方言が強くないからだとも言われています。しかし、北海道に住んでみると、実は本人たちが気づかないうちに使っている場面によく出会います

 日本の多くの方言は発音や語彙の違いを特徴としており、文法的な違いは「語尾」に見られますが、一般的には文法の構造が変わるといった現象は見られません。例えば、狭域で方言の違いを観察する上で、大阪弁、京都弁、奈良弁の違いは、大きく言うと語尾や若干の語彙の違いで説明できます。北海道弁も特徴的な語彙や語尾があり、一般的にそれらが特徴として語られることが多いです。ネット上でもそういった語彙のまとめが大量にあるので、ここでは割愛し、北海道弁に関して私が面白いと思う「文法」に絞ってご紹介します!

ユニークな北海道弁2選

 北海道弁で面白いと私が思う現象は2つあります。過去形の使い方と、「~(ら)さる」という助動詞です。方言という領域で文法が顕著に違うといった現象は少ないので、タイトルにも Grammar を入れました。

①フレンドリーな丁寧語としての過去形

 他地域出身者には少々なじみにくい用法です。聞いたらわかりますが、違和感を感じる方も少なくないと思います。何でもかんでも過去形にしていくというわけではありませんが、ところどころ日本語の使い方と違う過去形の用法が見られます。例をいくつか見てみましょう。

(電話が鳴って出たら、相手が)田中でした。お元気でしたか?

→「田中です。お元気ですか?」とまったく同じ意味ですが、過去形を使うことによって丁寧さの度合いを少し上げているような感じです。
同様に、

(夜、帰宅途中に近所の人と会って)「お晩でした」
(朝礼の挨拶で)「おはようございました」

 といった使い方もされています。
 これは時系列の過去を表しておらず、別の意味合い(丁寧語っぽいニュアンス)を担わせています。英語でいえば、助動詞のcanよりもcouldが丁寧語のニュアンスを持つのと似ています。

②「~(ら)さる」という助動詞

主に他動詞を自動詞化して、動作の元来の担い手である主語から主体性を切り離し、目的語を無理やり主語にしていく用法です。私の知る限り、日本語にまったく存在しない文法的現象です。

エレベーターのボタンが押ささってしまった。

→これは、例えば両手で重い箱を運んでいて気づかないうちに箱か指がボタンに当たってしまった時などに使われます。自分が誤って押した、あるいは意図せず押してしまったといったシチュエーションです。若干の責任逃れ感もあるかも、とすら思います。

このペンは書かさらない。

→インクが出ない、書けないといった状況です。

寮の部屋が狭くてあまりものが置かさらないんだよね。

 →物を置くことができない、置きにくい。

ご飯炊かさったよ。食べよう!
お風呂沸かさったよ。
このお皿、洗わさってないわ。もう一回洗って!

 「自発性、可能性、結果」といった意味的な領域をカバーして、多くの場合は人から物へと主体性を移す用法です。

焼肉を食べるとビールがたくさん飲まさるね。
運動した後、ご飯が食べらさるね。

→ビールやご飯がすすむということです。

 こうやって、あたかも自然現象であるかのようなニュアンスを表現しています。この用法は日本語の方言の中で見ても希少性が高いだけではなく、動詞の形ひとつでここまでのニュアンスを伝えてしまうことができる非常にエレガントで潔い用法だと思います。

 標準的な日本語をベースにしてきた人からすると最初は違和感がありますが、慣れて正しい使い方を覚えていくと、実に便利な表現方法です。元来ある日本語の文法で表現できないニュアンスを言える強力な用法です。

画像
おいしく焼かさりました!
北海道×スパニッシュ SPOON」さんの人気メニュー、「ビア缶チキン

 以下に先行研究の読みやすい論文へのリンクを上げていますので、詳しく知りたい方はぜひご覧ください。
【参考文献】
「北海道方言における自発の助動詞サルの使用実態 ―主に世代差・男女差について―」秀舞子

https://core.ac.uk/download/250604116.pdf

(次回以降の記事はこちら)
第3回:北海道の宝
第4回:サイズもポテンシャルもでかい!北海道

記事を書いた人:コチェフ・アレクサンダー Alexander Kotchev
株式会社オレンジバード執行役員COO。北海道大学法学部卒業後、広告会社勤務のかたわらフリーランス翻訳者として活動。2009年より現職。主に高校生以上を対象に、留学準備、TOEFL・IELTSをはじめとした検定対策、自立した英語話者の育成を専門とする英語研修を提供している。
著書は、『完全攻略! TOEFL iBTテスト リーディング リスニング』、『完全攻略! TOEFL iBTテスト スピーキング ライティング』、『完全攻略! IELTS英単語3500』(すべてアルク刊)。他に、IIBC刊の『公式TOEIC Listening & Reading プラクティス リーディング編』並びに『公式TOEIC Listening& Reading プラクティスリスニング編』をはじめとして、15冊以上の教材の編集に携わる。
興味ある分野は、第二言語習得全般、語彙、TOEFLやIELTSなどの検定やテスト設計。

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