- 著者のコラム
「英語は道具」ではありません 在米日本人英語講師が語る「英語と米文化」 #1

第1回:英語を学んでいるあなたに、お願いしたいこと
著者 ミツイ直子
「英語は道具」って本当にそう?
日本で英語を勉強していると「英語は道具」という表現に出会いますが、私ミツイは「英語は道具」ではないと考えています。英語は言語である以上、英語圏の人達の文化であり、歴史であり、芸術であり、生死観や宗教観それから日常の思考が表面化したものです。また、英語話者の思考パターンに影響を与えるものでもあります。それは「道具」という言葉で表現される程度の単純なものではないのです。
時に、英語話者が ”Language serves as a tool of self-expression.” と言ったりしますが、あくまでも ”serves as(~として役立つ、~として機能する)” なわけで、”is” (断定的にその状態だ、ということ)ではありません。もちろん「英語は道具」というのは比喩なわけですから、私たち各々が想像する「道具」が「何か」にもよって、この表現が正しいか否かが決まるともいえます。私は「道具」というと「金槌」とか「鉛筆」だとか、そういうものを思い浮かべます。なので、私からすると「英語は道具」だなんてことはあり得なくて、英語は絶対に「道具以上のもの」なのです。
皆さんが思い浮かべる「道具」はなんでしょうか?
皆さんが思い浮かべる「道具」のイメージ次第では…
皆さんの持つ「道具」という単語の定義次第では…
皆さんも「英語は道具」という言葉を受け入れるべきではないのかもしれません。

「英語は道具」という意識による、英語学習の弊害?
私は20年近く英語を教えてきていますが、「英語は道具」と主張する学習者は(全員とは言いませんが、大半が)英語を「何かの目的のために使うだけのもの」と認識していて、故に「自分の伝えたいことが相手に(なんとなくでも)伝わったらそれで良し」と満足していることに気付きました。そこで満足をするものですから、それ以上の成長は見られません。金槌で釘を打ったらお終い、というように。ペンで文字を書いたらお終い、というように。その先に広がる世界のことなんて、まるで気付いていないのです。
そういう人達は「伝えたいことをGoogle翻訳で英語にしてもらえた=満足」とします。英会話では「フレーズブックで見つけた文を言えた=英会話ができるようになった」と感じます。リーディングでは「日本語対訳が分かる単語だけを掻い摘み、なんとなくの日本語文を形成できた=その英文を理解できた」とします。仕事で英文メールを書く時には「ネットからテンプレートをコピー&ペイストして単語の入れ替えをした=英文メールが書けた」とするのです。
そういう英語使用では「自分」と「自分の英語」のことしか考えていないことが明確です。相手への配慮や相手に寄り添う気持ちがスッポリと抜けているのです。つまり「英会話」がそれなりの形になっていたとしても「英語で相手と向き合う対話」はできていないのです。
「英語は道具」という意識の先にある「英語の世界」
「英語は道具」ではなく、英語は英語圏の人達に関するたくさんの情報を運ぶ豊かなリソースだと認識できると、自然と英語学習の幅も広がっていきます。
「英語は道具」以上のものだと認識できると、英語を理解する際に文脈をより意識するようになるでしょうから、「文脈依存の強い言葉のニュアンスを理解する力」が身に付くでしょう。
「英語は道具」以上のものだと認識できると、英語に限らず言語は文化依存が大きいと気付けるでしょうから、「英語という言語の深い意味や特定の表現が持つ文化的な意味を理解する力」も身に付くでしょう。
「英語は道具」以上のものだと認識できると、英語を理解する際に、書き手や話し手の感情の細かなニュアンスや表現の豊さをより意識するようになるでしょうから、「相手のアイデンティティや個性を深く理解することができる」ようになり、故に相手とより友好的な人間関係を築くことができるでしょう。
これらは一例でしかありませんが、こうして様々なシーンでの英語理解が深まることで自分のアウトプットの質も高まり、より「ネイティブらしい英語使用」が可能となっていくのです。

例えば英語のスピーチを聞いていても、「英語は道具」という意識を持っている人はそのスピーチのメッセージ性だけを理解して満足します。でも、「英語はたくさんの情報を運ぶ豊かなリソース」だと知っている人は、そのスピーチの構成、単語使用、デリバリーの仕方(抑揚やイントネーション等の効果的な使い方)等から芸術性をも感じることができ、メッセージ性とは違うところでもスピーカーの知的さを感じることができたりします。得られる情報量が圧倒的に異なるのです。もちろんネイティブは常に、無意識に、後者と同じだけの量の情報を受け取っています。
(冠詞や前置詞のような文法要素に関しても、それらが「英日翻訳では削ぎ落されてしまうようなニュアンスを多岐に渡って表現している」と知れると、冠詞や前置詞が「単なる文法項目」ではなくて、英文を生き生きとさせる大事な彩りだと認識できるようになります。前置詞に関してはこちらの本でシッカリと学んでおいてくださいね!)
「英語は道具」以上の視点を持ちませんか?
日本はマイノリティーにとって、すごく住みにくい国だと思います。
マイノリティーというのは移民のことだけでなく、「その他大勢」と異なった食文化やChallenges(障がい)、生活習慣(病院通いが必須など)を持つような人達のことをも含みます。日本では「その他大勢」の枠組みから少し外れてしまうと途端に多くの我慢を強いられるように感じるのです。
例えば私が住むアメリカには、15年以上も前から、障がいを持った児童だけが遊べる時間帯を設けている屋内遊戯場がたくさんありますし、多くの映画館がSensory Processing Disorder(感覚情報処理障がい)を持った人向けに、館内照明を残した状態で、更に音も大きくし過ぎない状態で映画視聴ができる時間帯を設けています。どんなファーストフード店であっても小麦製品を除去しなくてはいけない人のために、代わりにLettuce Wrap(レタスで肉を挟むバーガーにする)を追加料金なしで提供してくれます。
そうした工夫や制度がなく、融通も利きにくい日本での旅行は、いわゆる「マイノリティー」に属すFamily Membersがいる我が家にとっては、なかなか不便でもあったりします。
そして私は長年英語を教えていて「マイノリティーへの理解不足と思いやり不足は、日本唯一の「義務教育内の外国語教育」である「英語」そのものを「道具」としか見ていない人が多いことも、ひとつの要因なのではないか」と感じたのです。

なので、英語ができる皆さんにお願いです。
「英語は道具」以上の認識を持ち、「英語の向こう側」にいる「ヒト」を思いやり、寄り添うための英語学習を行いませんか?
以前、我が家の子ども達の学校に行った時、自閉症児と思われる子とその母親を見かけました。子どもは地面に寝っ転がって大泣きしていて、その女性は困り果てていました。周囲にいた保護者達も、どうしたものかと見守っている状態だったのです。
我が家の長男も自閉症スペクトラムの診断を持っているので、私自身、子どもがそうして癇癪を起こしてしまった時の辛さを知っています。ですから、彼らの横を通る時に、私はその女性に話しかけました。
“That’s me this morning. I was like ‘Ugh, I don’t wanna wake up. I need a margarita!’”
笑いながら。
そうしたら、周りの保護者達も一緒に笑ってくれて、中には “Me too. I was telling my wife I need a glass of vodka!” と言ってくれる保護者もいました。困り果てていた母親は涙ぐみながら “Thank you.” と言ってくれました。

皆さんが日本に住んでいて、こういった親子を見かけるかどうかは分かりませんが、こういう声掛けができるレベルの英語力を目指していただきたいと思うんです。
用事を済ませるためだけの英語ではなく、相手を思いやる英語。
自尊心を高めるための英語ではなく、誰かの心に寄り添うための英語。
フレーズブックには絶対に載っていません。
あなたの心の深さと優しさと、心から湧き出る想いを表現する英語力が必要です。
でも、このブログを読んでくださっている皆さんならできると思うんです。この文章を読むために、立ち止まってくださった皆さんならできると思うんです。
なので、皆さんから、そういう動きが始まりますように。
そうして、日本中に、そういう動きが広まりますように。
日本が、マイノリティーにも優しい国になりますように。
皆さんが「英語は道具」という言葉が表現し得る以上のレベルの英語力を持てますように。
2024年が、皆さんにとって、そうした英語学習をおこなう素敵な1年となりますように。
遠いアメリカから応援しています。
(次回以降の記事はこちら) 第2回:「多様性を認める」に挑戦したいあなたに、お薦めしたいこと 第3回:誰かと意見交換をする時に、気をつけて欲しいこと 第4回:英語を使って「異文化交流」をしたい!と望むあなたに、伝えておきたいこと |
この記事を書いた人:ミツイ直子
神奈川県生まれ。高校卒業後、単身渡米。州立モンタナ大学にて言語学・英文学・外国語教授法・コミュニケーションスタディーズを学んだ後、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校にて社会言語学と人類言語学を学び、修士号を取得。多くの米国駐在員や留学生、海外在住日本人を始めとするハイレベルの英語力を目指す学習者や日本人英語講師に英語を教えている。留学プログラムや英語教材開発事業にも携わった経験を踏まえ、英語講師のカリキュラム作成や教材開発の手助けもおこなっている。現在は家族とカリフォルニア州オレンジ郡に在住。